夫婦ですが何か?




はっきりは分からないのに何故だかそう感じた瞬間に、マナー違反にも背もたれを越えて私の前に立った彼。


当然反射的に身を引いて、カウンターに身を預けるように後退して彼を見上げる。


心臓が痛い程危険信号のように鳴り響いている。


壊れそう。


不安に眉尻下げたとほぼ同時にスッと私の頬に伸びた黒革の手袋。


思わずビクリッと反応して僅かに顔を背け接触に耐えるように目蓋を閉じた。


すぐに頬にその感触を得ると思った。


でも一向に触れないそれにゆっくりと目に光を通して顔の向きを戻していく。


そして最初に捉えたのは頬の近くで不動なままの彼の手、次いで・・・・彼の困ったような眉尻下げた微笑み。



・・・・声。



「もどかしい。・・・・今もさっきも・・・・今のままじゃ、流した涙も拭ってあげられなくて・・・・、辛そうなのに宥めるように触れることも出来ない・・・・」


「・・・・・・・」


「・・・・・でも、・・・・俺、今日再会して更に自信を持った」


「・・・・・・はい?」



少し間の抜けた返事をした気がする。


だって、一瞬だ。


今までもどかしく切なげな表情を浮かべていた彼が一瞬でその顔に笑みを浮かべてくるから。


悲しいかな過去の記憶がこの笑顔は危険だと忠告してくる。


しかし遅かりし・・・。



「あの時・・・辛くても千麻ちゃんを手放したのは正解だった。おかげで・・・・こうして会話出来るくらいは千麻ちゃんが回復してた」


「・・・・・」


「つまりさ・・・・頃合いでしょ?」


「・・・・な、なんのでしょうか?まったくと言っていいほど会話が見えません」


「・・・・・リハビリ・・・」


「はっ?」



気がつけばじりじりと迫って来ている姿に当然体は震えて心臓は暴れっぱなしだ。


トンと彼の両手がカウンターに置かれ、私と言えばカウンターに今にも倒れ込みそうな程沿って彼との接触を拒絶する。


腰が痛い・・・。


でも何よりも痛くて怖いのは・・・・・、


この含みあるご機嫌な彼の微笑みだ。


ヤバい、碌な事考えてねぇ・・・。


さすがにここまで接近すればサングラスの奥の瞳を捉えることが出来る。


その目にも躊躇いや迷いなんて揺れは存在しない。