「千麻、」
「・・・・・・っ・・ん、・・・うん」
「・・・・・悪戯に触れすぎたね。でも・・・まだ、緊張したように強張るんだ?・・・・・まだ、吐き気とかも起きるの?」
引きつけを起こしたように強張った表情で暴れる心臓を宥めて息を吸った。
ゆっくりとゆっくりと自分の力を抜いていき、完全に抜け切れるとよろめきながら恭司にその手を引かれ椅子に座らせられる。
代わりに席を立った彼がコップに水を注ぐと私の前に静かに置いた。
揺れる中身が収まるより早くそれを持ち上げると口に流し込み、ゴクリゴクリと喉を湿らせるとようやく恭司の問いに返事を返す。
「・・・・・多分、・・・吐くまではないと思う」
「それは・・・・現実でも?」
「・・・・」
「たとえば・・・・偶然道ですれ違うとか・・・ばったり出くわしたりしても有効な情報?」
聞かれた状況を頭に、眉根を寄せつつ思考して。
そうして僅かにまた体に力が入ったけれど首を縦に振って肯定した。
「良くも悪くも・・・・人間、受けた衝撃は薄れていくみたい。悲しかった記憶は今も鮮明だけども体は徐々に順応して・・・・」
「この9か月で・・・・多少は千麻の心に余裕が出来た?」
「・・・・・・多分・・ね。・・・確証はないの」
本当に【多分】の予想なのだ。
後は・・・・そんな小さな願望。
そうであってほしい。・・・と。
多少は戻った平常心で口の端を上げて見せる。
もう大丈夫だと示してグラスの水を恭司に返した。
そんな私にいつもの様な笑みを顔に戻した恭司がグラスを受け取りキッチンに移動する。
それをチラリを確認しぼんやりと意識を当初の自問自答に戻しかける。
そうだ、
「・・・・ねぇ、・・・・何事も変わりなかったのよね?」
「・・・何が?」
「・・・・・いいわ。その含みある、あえて言わせたい的な笑顔が腹立つし・・・」
フイっと視線を外して嫌味な笑みに背中を向ける。
そうして飲みかけのビールに再度アルコールの力を借りようと思ったタイミング。
後ろでグラスを洗っていた水音が静かに止んで代わりに耳に入り込んだ恭司の声。
「質問の答え・・・・」
「・・・はっ?」
突如の言葉に意味不明だと怪訝な表情で振り返れば、グラスを布巾で拭きながら視線も移さず微笑む姿。



