Side 千麻
ぼんやりと居心地の良かったマンションの部屋で不動になる。
もう見慣れていた筈のその空間を見つめ、焼き付けるように目蓋を下した。
直後、
「千麻さん、」
呼ばれた声に意識の覚醒。
閉じていた目蓋をゆっくりと開いて光を取り込むと声がした方を振り返り微笑んで見せる。
「あの・・・あっちの荷物・・・・まとめましたよ」
「・・・・ありがとうございます。すみません、芹さんも体調がいいわけじゃないのに」
「・・・・大丈夫ですよ」
あっ・・・気を遣わせてしまっただろうか。
どことなく気まずそうに、それでも微笑んだ彼女に申し訳なく感じて。
彼女が強く意識した妊娠というワードに繋がる不安。
多分、申し訳なくなった。
私が・・・・・それに失意したばかりだったから。
「まとめた荷物は・・・玄関に置いておけば雛華さんが後でウチに運んでくれるそうです」
「・・・・すみません。ご迷惑おかけして・・・部屋を見つけたら・・・すぐ出ていきますから」
「そんな、うちはいつでも・・・・」
そう口にして続きを濁した彼女。
分かっているのだ。
それすらも・・・・今の私の体が反応することを。
困った副作用。
相手が彼でなくても・・・・、雛華さんであっても・・・・。
あのグリーンアイに今は怯えて体が動かなくなる。
彼ほどまでに過剰反応はしない。
でも、震えて、不安になって、泣きたくなる。
今この空間にいて、何故ここにいないのかと恋しくもあるのに・・・・。
いたら・・・・・絶望。
一瞬にして体が全力で彼を拒絶して沈む。
最後にあの姿に会ったのは・・・・・・、この目に捉えたのはいつだっけ?
でも、触れられた記憶は鮮明だ。
それを思い出すように自分の腕を掴んでみる。
記憶する最後の接触。
オフィスで口論し彼に掴まれたのが最後。
私が・・・・彼との結婚を否定した一言を言ったあの時なんだ。
そして、それに否定を返すより前に、
彼を心から喜ばせる筈だった報告をする前に、
もう全て意味をなさなくなった。
ねぇ、あの時・・・、
隠さずに妊娠していたことをあなたに言えば・・・、
こんな事にならなかった?
空っぽのそこが痛い。
あなたを恋しいと思っても、
これ以上・・・・あなたとの記憶を刻むのが怖いの。
もう一緒に・・・何かを生み出し希望を持つことが出来ない。
生活も・・・・仕事でさえも。
「休憩しましょう。お茶・・・淹れますね」
そう言って芹さんがキッチンに立つのを微笑んで見送って、すぐに自分の鞄を見つめた。
鞄の中にある中身を透視するように。
鞄の中の白い封筒。
長い長い奉仕の終わり。



