溜め息だけ残して彼がリビングの奥に歩き出すのを、視線を外したままの態勢でその場に留まり気配だけで確認した。
重苦しい険悪。
この中にもう一つの険悪を投入するのか。
そんな事を考えていればすでに玄関先までその懸念は寄っていたらしい。
今度は玄関のインターフォンが鳴り、皮肉に口の端を上げるとゆっくり扉の前に立って鍵を開けた。
「こんばーーー」
「本当に馬鹿じゃないですか!?」
「だって、全然俺理由思い当らないもん!!そしたらどう考えたって芹ちゃんの方が俺を嫌いになったとしか考えられないし!!」
「ひどっ・・・、」
「っ・・・」
「怒ってる理由が分からないからって私が浮気したとか思ってるんですか?!」
「・・・・だ・・う・・ん?いやぁ・・・うん、だって・・・」
雛華さん・・・・芹さんの涙目に気迫負けしてます。
まぁ、涙目ではあるけれど般若のごとく怒りに満ちた表情ですものね。
扉を開けた瞬間からのこの夫婦喧嘩に言葉を挟む隙もなく。
ただ玄関扉の前で立ち尽くして傍観してしまう。
ああ、この2人であってもこんな風に言い合う事があるんだなぁ。と。
「信じらんない・・・・、自分の事棚に上げて・・・」
「だ、・・・だって・・・本当に俺悪い事してないもん。芹ちゃんが怒るような事何も・・・」
「嘘つき・・・・」
「っ・・・・・」
「雛華さんの嘘つき」
ああ、その言葉は彼にとっては酷く痛い響きでしょうね。
思わず自分が痛いような表情で雛華さんに視線を走らせれば、まさに言葉が至近距離から突き刺さったらしい呆然とした姿。
過去に【嘘】によって彼女と苦い記憶を持つ彼にこの言葉は身を亡ぼす呪いの響きかもしれない。
そしてやっと静寂になったその場にのらりと腕を組んで現れたこの家の主。
「・・・・人の家の玄関で夫婦喧嘩に燃えないでよ」
呆れ声響かせての苦笑いで登場した彼に『他人事のように言うな!』と言う視線で睨みつけると、気がついた彼がため息をついてすぐにその視線を芹さんに向けた。
予想外。
睨まれるかと思ったのに。
そして私に向けたのとは全く違う眼差しで芹さんに近づくとそっと背中に手を回して入室を促す姿。
「とりあえず、中で落ち着いて話しなよ芹ちゃん」
「茜さん・・・・」
「ああ、ほら・・・泣かない泣かない」
何の嫌がらせかしら?ダーリン。



