見たくない、話したくない、聞きたくもない。
とにかく今は彼の存在を感じると吐き気を感じるほど怒りが高まるのだ。
悲しいかな同室に身を置く現状で、彼の存在を消すには仕事しかなく。
必死でそれに身を任せていたのに、そんな事など全く理解していない彼がいつものように私を追い詰める。
「千麻ちゃん、」
煩い。
「ねぇ、ちゃんと仕事するから、」
近寄るな。
「・・・・・千麻」
痺れを切らせたように顎に絡んだ彼の指先。
有無を言わさず視線が切り返され不本意に見慣れたグリーンアイと絡む。
柔らかく妖艶に微笑む表情が『許して』と許されることを肯定として向けられ、宥めるような声音で私に迫る。
「怒ってる姿も魅力的だよハニー」
『ぶっ殺していいですか?』
とは、さすがに言わず。
当然のように唇に寄った彼の唇を指先で防御。
ああ、久しぶりに彼の唇の感触をこの指に感じたと思う。
さすがに怪訝に眉寄せた彼が『何で?』とばかりに視線で訴え、それに素知らぬ顔で態勢を目の前の仕事に戻していく。
「千麻ちゃん?」
「勤務時間ですから」
「ねぇ、なんか本気で不機嫌?」
「仕事、お願いします副社長」
「あ、ヤキモチ~?」
「・・・・・・残業になっても私は定時に上がらせていただきますから」
「・・・・・・・何で?」
声の響きが変わった。
さすがに私の頑なな態度に自分との温度差を感じ取った彼がスッとまっすぐに立って腕を組む。
威圧するような眼差しで横から見下ろされているのは気がついている。
それでも、関係ない。とチラリ視線を走らせただけで目の前の画面に集中した。
「ねぇ、不機嫌な理由は何?」
「私は真面目に勤務しているだけです」
「うん、真面目だよねぇ。でも不自然な程真面目すぎて癇に障るんだけど?」
「あなたのお遊び半分な勤務形態とは違うんです私は」
「やっぱり怒ってるんじゃん。1時間ほど遅れただけじゃない、何でそんなに怒るのさ?」
「不真面目な夫がいなくても自立できるように仕事に貢献しようかと」
「っ・・・・千麻ちゃんの馬鹿」
「何とでも。小学生の様な切り返しは痛くも痒くもありませんから」
終始淡々と仕事をしながらの返答に、もどかしそうに不機嫌を見せるのに、最終的に不貞腐れるという結論を選んだ彼がようやく自分のデスクに戻る。
そしてパソコンを立ち上げると私に挑むようにキーボードを叩きつける姿を見て見ぬふり。
いくらでもそうして不貞腐れればいい。
そんな苛立ち現わしたキーボードの音なんてあなたの声程不快に感じない。
フンと鼻で笑うようにお互いの存在を威嚇しながら無言を貫く。
このオフィスがここまで静かで職務に満ちたのは初めてかもしれないという悲しい平常。
数時間前までは当たり前に存在していた時間なのに。
夫婦漫才すら発生しない沈黙の喧嘩勃発。



