目に見えてのショック顔を捉えて満足に染まると、不意に明確に感じる空腹の体。
それを煽るようなパン屋の甘い香りに体を向けると歩き出す。
彼と言えば不貞腐れたような表情で数歩後ろからてくてくと付いてきて、パン屋の扉を開けながら振り返ると軽い補足。
「嘘です」
「えっ?」
「あなたも大概まだまだ私を理解してませんね」
「はっ?」
きょとんとした眼差し。
朝日を浴びる姿がいつもと違う。
スーツ姿じゃなく、年相応の彼だ。
「私の欲は抜きんでていると散々あなたが経験したと思われますが?」
そう告げてクスリと笑うと滑り込むように重い硝子戸の中にその身を入れる。
扉が閉まる瞬間に垣間見た彼は驚きに歓喜交えていた気がする。
単純な人。
そう馬鹿にするくせに昔とは違う点。
呆れの中に可愛いと感じる感情が入り込んでいる事。
そして彼より早くパンの焼き上がる強烈な匂いの中に身を投じてトレーとトングをその手に持つ。
ちらりと心躍るような焼きたてのパンに視線を向けたタイミングに店員さんの『いらっしゃいませ』の声で存在確認。
ふわりパンの匂いに馴染だ香りを感じて視線を向け隣に姿を捉える。
「・・・・千麻ちゃんの図ったような間と言い逃げは狡い」
「・・・・何のことでしょうか?」
「そういう部分も含め・・・癖になるよ」
「本当にMですね。・・・・気持ちわる・・・」
「千麻ちゃん・・・・、嫌悪込めて言わないで。デートなんだからもっと優しく甘い事・・・」
「分かりました。なら激甘なパンを山盛り・・」
「そうじゃなくて・・・、あっ、手繋ぐ?」
「・・・・何の拷問ですか?公開処刑?そして私の手はトレーとトングで埋まってます」
「もう、照れ隠しももう少し可愛げが欲しいです」
「・・・・・・心底ウザいんですけど」
「千麻ちゃぁん・・・・」
勿論ワザとの軽蔑の眼差しと感情込めての悪意をぶつけると、苦笑いでショックを逃している彼。
別に照れ隠しでもなくて、どこか私達には当たり前のやり取りで。
何の感情も抜きに口にして意識を目の前のパンに向けて言った瞬間。
『うわっ、きっつ、』
『彼氏可哀想~』
勿論はっきりくっきり響いた声じゃなく、ヒソヒソと失笑含みの小声の会話。



