目の前の作り笑いが僅かに歪むのを見逃さない。
その瞬間にようやく心からほくそ笑むと今度は気分よく杯を空ける。
そしてなかなか言葉が思いつかないらしい彼女にもう一言。
「失礼・・・・・まだ新婚2か月ですので惚気たような事を口走ってしまいました」
幸せの後押し。
充分すぎるくらい現状に満足しているからお前は不必要なのだと。
「・・・お幸せなのですね」
「ええ、これ以上ないほどに」
引きつった笑みと声音。
それにこちらは満面の笑みで切り返し更なる追い打ち。
その光景に隣に座る我が父は声こそ漏らさなかったけれど、グラスを当てた唇は笑っている。
そして彼女の父親は彼女同様にどこか不自然なつくり笑いで『いやぁ、羨ましい』とか『おめでとうございます』とか取ってつけたような言葉でその場を和ませる。
面白い・・・・・けど、阿呆らしい。
だいたい既婚者の俺を狙ってどうする気なんだか。
そういう常識外れの馬鹿って段階で対象外だっていうのに。
早く・・・・・帰りたい。
うっかり千麻ちゃんの話題を口にすればソワソワとその存在が恋しくなり、その姿の現状を想像して思い馳せる。
きっと・・・いつもの部屋着。
またあの無防備な格好で明日の予定でも手帳で確認して、それが終わったら・・・俺が戻るまで飲まないと言っていた彼女は何をするんだろう?
ヤバいな・・・・・・・、声が・・・聞きたい。
「・・・・すみません、」
思い立てばいてもたってもいられず、その一言で席を立つと襖に向かった。
勿論、途中離脱なんて馬鹿な真似じゃない。
携帯を密かに忍ばせて、あとは適当に各々が予想すればいいと思う。
手洗いに向かったとか、吸わないけど煙草とか、含みを残してその部屋を抜けると一気に疲労し深く息を吐いた。
艶やかな板張りのローカを歩き、少し抜けた広い休憩場所のようなロビーに抜ける。
ライトアップされた庭園を眺めながら設置されているソファーにどかりとその身を置くとポケットから携帯を取り出し画面を見つめた。
20時過ぎ・・・・。
さすがに夕飯は食べた頃だろうか?
彼女の名前と番号を画面に表示させ一瞬迷う。
かけたらきっと真面目な彼女は【仕事】に戻れと俺を叱責するのだろう。
でもそれさえも何だか恋しくて、
まるで母親が恋しくて電話する子供。
やはりすぐにでもその声が聞きたいと迷っていた指先を動かしていく。



