悔しい。
思わず言葉を探してこうしてあいてしまった間でさえも。
私が言葉を探している姿でさえ愉快で満足いく姿だと彼がクスクスと笑い、さすがに癇に障って不満げに振り返れば彼にとってはタイミングよくエレベーターが動きを止めた。
「ほらほら・・・・お仕事ですよ?」
こんな時ばかり都合よく仕事を引き出すなんて。
反論しようかと唇を動かし始めていたのに私の意思に反して外の空気を取り入れるように開いた厚いドア。
彼と言えば勝ち誇ったように微笑み無言で開いたドアを指さして、すぐに『どうぞ』とばかりに手のひらを添えて仕事を促す。
クソッ・・・、後で何らかの方法で仕返ししてやる。
そう決意を胸に感情を宥めていき、すでに帰宅の為ロビーを歩く
社員の中にその身を混ぜ始める。
当然小さく沸く女子社員。
もれなく付属する私への悪意の視線や言葉。
でもすでに鳥のささやきほどに些細で感情揺らすものでもないとその場を歩きぬける。
カツカツと靴音響くフロアを抜けると外気が入り込む入口からその身を出していく。
夕焼け。
でもすでに紺色が深く入り込んだ。
それを捉えてから待ち構えていた車の扉を開けると彼の乗車を促していく。
目の前を過ぎ乗り込む瞬間、ほろ苦いいつもの香りが鼻を掠める。
次いで緑の眼差し。
今日は少し申し訳なさそうな。
でも特に感情示さない無表情でそれを捉えると、ゆっくり扉を閉めてその身を一歩引いた。
そして軽く頭を下げる。
そのまま走り去る車・・・・・・・な、筈が、今ばかりはまだその場に留まり、代わりに静かに下がったウィンドウから彼が顔を出して私を見つめた。
「・・・・・いってきます」
「・・・・いって・・・・らっしゃい・・・」
『ませ』を付けなかったのは、彼が彼のままでそれを告げたから。
だからこそ戸惑いながらも自分も自分のままでそう切り返せば、それは正解。
満足そうに微笑んだ姿が前を向くとウィンドウが上がる。
そしてゆっくりと走り出した車に再度頭を下げ、今度こそ彼が私の前から姿を消した。
敷地をゆっくり走り抜け車道に出ていく車を見つめる。
久しぶりの一人帰宅。
ああ、何を夕飯に食べようか。
お酒も彼が戻るまで口には出来ない。
予定していた些細な日常の楽しみまで奪われたような感覚に苦笑いを浮かべ、それでも思い出した唯一の楽しみに思考が染まった。
「マカロンでも一人で堪能しようじゃない・・・」
きっともう二度と口にはしないであろう高級な甘味に期待して体を社内に戻していった。



