そのまま両足で立ってすぐに歩き始めるつもりだった。
予想外に再度左手に絡み付いた手が引き戻してこなかったら。
グイッと引き戻され勢いよく長椅子に座り込む。
さすがに非難しようと恭司を振り返り見上げればその表情は捉えきれなかった。
代わりに与えられた唇の感触に驚き一瞬不動になる。
体も、思考も。
いや、体はすぐに再起動。
よりにもよって、一番に回復したのは過去に得た彼との時間の快楽の記憶。
それでも理性が皆無だったわけじゃない。
すぐにはっとして反応し離れようとすれば、先にそれを読んでいた彼が乱暴でなく流れる感じに私の頭を後ろの壁に押し付ける。
さすがに強く香る彼の香りにぐらりと揺れる。
懐かしい。
そして熱を上げてくる要素でもある。
啄んで深めて、ここが会社の一角であることを忘れるような、更に言えば自分の立場を忘れそうなキスに一瞬溺れかけて正気に戻った。
正気に戻ったのは彼の指先が首筋をなぞったから。
痛い。
そう感じた瞬間に自分の不道徳さに一気に冷静。
瞬時に恭司の胸を押し返すと、特に驚くでもなく口元に弧を描きながら離れた姿。
むしろ・・・、
「予想より遅かったな」
「言われると思った・・・」
自分でも気が付いた失態をすかさず指摘されさすがに不満げに表情を歪めると、彼がそれすらも理解していたらしく再度首筋に触れる。
「なかなかの独占欲感じるね」
「おもちゃを独り占めしたいお坊ちゃまなの」
「俺が横取りしたらどうなるかな?」
「冗談でしょ?彼とは夫婦ごっこならあなたとは不倫ごっこでもしろと?まっぴらごめんよ」
「そう?俺は今のキスで確信したよ。『ああ、今俺は千麻とセックスしたいんだなぁ』って」
さらりと告げられたお誘いに特に心乱れるでもなくまっすぐ見つめ返して息を吐く。
そう彼はいつだってこう。
自分の思ったままをさらりと告げて相手を惑わす。
でも私が惑わされないことは彼も百も承知なのだ。
あとは私の気分でしかその返事はされない。
今までであるなら一も二もなくYES。
だって彼ほど私を知って理解して満たしてくれる人はいなかったから。
むしろ彼ほどで無ければ私の欲求は埋められないとさえ思う。
だけど・・・、
「しないわよ?」
「何で?」
「訳ありでも、私と彼は夫婦だからよ」
「操を立てるほどの相手?」
「そうね、夫として。と、言うより仕える上司としては迷いなく」
言い切ってニッと口の端を上げ彼と対峙する。
相互笑顔の攻防戦。



