「・・・っとに・・・、馬鹿・・・」
渡されたのは見覚えある彼女の折り畳み傘。
あの鞄に同じものが2本も入っていたとは思えない。
つまりはたった1本のこれを俺に持たせて。
じゃあ、送迎の車なしに帰宅した彼女はどうしたんだ?
そして忘れかけていた外の天候を思い出し顔を上げると入口を見つめた。
変わらずの土砂降り、そして時々光る雷光。
こんな中・・・・、体調の悪い彼女はあの部屋でどうしているんだろう?
そんな結論が出た瞬間には歩き出していた体。
いや小走りに近い。
傘を渡して満足そうに微笑んでいた堺の腕をつかむと強引に引っ張っていく。
「悪いけど帰宅は俺を送り届けてからにして」
何事かと目を見開く境に言葉短くまた仕事しろ。と告げると、すぐに自分の背中にかけられた声。
「茜っ、」
呼ばれてすぐに振り返る。
ああ、意地が悪い。
振り返って捉えたのは性質の悪い含み笑いでこちらを見つめる父の姿。
「千麻ちゃんが好きか?」
今・・・突っ込むのかよ・・・・。
「好きだよ、悪い?」
「邪険にされてもか?」
「邪険にされようが、拒まれようが関係ない。
1年契約だって上等。
それでも今現在は同意あっての夫婦だ、何か文句ある?」
「・・・・・いや、」
はっきり切り返せば妖艶な笑みを浮かべたまま口を閉ざす姿。
何を考えているのは知らない。
それでも今は父親の意味ありげな姿より彼女の方が気にかかる。
もう何もないのか?と、視線で確かめれば軽く手を上げ振ってくる。
暗に『行け』の表示。
許可が下りれば鎖の外れた犬のように駆け出して車に急ぐ。
堺より早くその身を車に置くと外がパッと明るくなったのに心が焦る。
ああ、頼むから・・・せめてタクシーか何かで帰っていたことを祈る。
自分の横に置いた折り畳み傘を確認すると胸が締め付けられて眉根を寄せた。
千麻ちゃんの馬鹿。



