甘い吐息を残して、塚本さんがゆっくり離れていく。

塚本さんの伏せられた瞳を見つめる。

特別長い訳ではないと思うが、黒くきれいに生え揃った睫毛が、塚本さんの切れ長の瞳を囲む。

パニックを起こしているはずなのに、私、結構冷静に見てる?

いや、きっとそうじゃない。

脳が麻痺してしまって、『視覚』とか『臭覚』とか、わかりやすい感覚の方に反応しているだけなんだろう。

ほんの一瞬の事なのに、永遠に続くように感じたその時間。

伏せられていた瞳と、不意に目があう。

「フッ」と間近で微笑まれ、私の全てが、停止した。

いつもの高さに戻った塚本さんは、私を見下ろしながら、最後に「ニヤッ」と唇の片端を上げて笑った。

「お疲れ」

いつもの口調でそう言うと、何事もなかったように私に背を向けた。

私は呆然としながら、塚本さんの背中を見送る。

「・・・ハァ~~!!」

どれくらい、そうしていたのだろう?

呼吸する事を忘れていた私は、息苦しさから、ようやく我に返った。

もう、どんな言葉も、出てこない・・・

明日に備えて、とりあえず帰ろう。

深呼吸を一度して、私は、歩き始めた。