あれから何度か、遠目に先輩を見かけた事はある。ううん、見つけたけど、近付けなかった。
 ハッキリさせたい気持ちとは裏腹に、いざ二ノ宮先輩を見かけたなら、あたしの足は勝手に止まってしまう。
 身体は勝手に回れ右をしてしまう。

 ホントは、怖いんだ。
 あのキスに、大した意味はなかったのかもしれない。それを確認するのが。
 二ノ宮先輩はいい加減な人じゃない。でも、信じられるほど彼を知らない。

 あたしには、ファーストキスだったのに。

 そんなことにまで、こだわって。あたしはやっぱりガキだ。


「すず」


 ビクン、と背中が反り返った。

「……おはようございます、二ノ宮先輩」

 振り返れば、それはそれは素敵にイケメンな看板俳優が立っていた。


「おはよう、すず。ところでこの一週間、俺のこと避けてたよね」

 ギャ!いきなり本題だ!

「そ、そんなことは」

 二ノ宮先輩はニコニコ最上級の笑顔のまま、あたしの頭をガシッと掴む。

「俺に演技が通用するとでも?」

「思いません、すみません、避けてました!」

 撫でられるのとは到底違うのに、その手にドキドキする。
 ああ、重症だ。

「あのさ、すず。この間のことだけど」

 ふと先輩の空気が変わって。
 それを察して彼を見上げた、とき。

「二ノ宮さあん!」

 牧アカリがどこからか走ってきて、あたしと二ノ宮先輩の間に割り込むように立った。

「今度のドラマ、よろしくお願いしまあす!」

「え?あ、ああ。こちらこそ」

 パチパチつけまつげで、可愛いオンナアピールしてるアカリにうんざりしながら一歩下がる。

「じゃあ、先輩。あたし、マネージャーと打ち合わせなので」

 言外に雪姫ちゃんを待たせてる、と匂わせれば、先輩は行っていいよ、と頷いた。
 先輩は雪姫ちゃんの邪魔になることはしない。
 それを分かってて、あえて言ったのに。
 先輩があたしを引きとめないことに、傷ついちゃ、ダメだ。

 あたしは複雑な気持ちを押し込めて、廊下を進んだ。