それはバイト帰りの夜9時頃、自宅からさほど遠くないところにある「グラン・オルロジェ」というフランスレストランのそばを通ったときだ。
 このレストランは、黒を基調とした外観が、落ち着いているイメージでなかなかおしゃれなので、いつか中で食事したいと思っている。
 でも、フランスレストランってことは、けっこう高そうなイメージだし、いまだ実現していない。

 そのレストランのドア前を何気なく通過しようとすると、そこから誰かが出てきた。
 あ、鹿里君………と、その後ろから……瑠璃!
 瑠璃、もうアタック開始してるのかぁ。
 しかも、二人でお食事って……相当進展してそう。
「あ、麗!」
「上園か、や……やぁ」
 二人とも、私にすぐに気づいて、動きを止めた。
 そして、すごくわざとらしい離れ方で、二人はサッとお互いの距離を開ける。
 何も、私に隠そうとしなくてもいいのに。
「へぇ、瑠璃が鹿里君と……。もう二人でお食事する仲なんて、すごいね」
「違う、違う! そういうのじゃなくて!」
 私の言葉に、すぐ否定する瑠璃。
 あれ? いつもなら、たとえウソか冗談でも、「そうなのだ」とか言いそうなのに。
 鹿里君ご本人が隣にいるから、気を遣ってるのかな。
 すると、鹿里君も口を開いた。
「えっと、たまたま話の流れで、この店の話題になってね。ちょうど、俺はここでバイトしてるから、ご招待したわけ」
「ふーん、瑠璃だけを? ほんとに二人とも付き合ってるんじゃないの? っていうか、付き合ってても何の問題もないのに、なんで否定するの?」
「理由はただ一つ。俺は、瑠璃と付き合ってないから」
 言い切る鹿里君。
 でも……。

「鹿里君って、いつから瑠璃のこと、名前で呼ぶように?」
 私が聞くと、鹿里君は一瞬だけど明らかに「しまった」というような表情をした。
 やっぱり、付き合ってるんじゃないのかな。
「いやいや、違うってば。さっきおしゃべりしてて、瑠璃がそう呼んでいいって言ってくれて。それだけのことだって。俺がバイト先のこの店のことを、クラスで話してたら、瑠璃だけ妙に興味津々でね。食べに来たくてしょうがない様子だったから、俺のおごりってことで連れてきてあげただけだよ。ちなみに、店の名前『グラン・オルロジェ』は、フランス語で『大きい時計』っていう意味でね。あと、ここはフランス料理専門のお店ってことで、本場顔負けのラタトゥイユもあるよ。すっごく美味しいし、特にオススメ」
「ラタトゥイユ?」
 料理関係の知識はさっぱりなので、私はすかさず聞いた。
「うん、ラタトゥイユもフランス語だよ。これは、フランスのニースが本場の、野菜煮込み料理でね。このお店は、ラタトゥイユに限らず、料理のお値段が他店よりリーズナブルだから、是非是非いつでも来てよ。今度は、上園にもご馳走するよ」
 何だか、必死で話題をそらそうとしている気がするのは、気のせい?
 そんなに付き合ってると思われるのが嫌なのかな。

「瑠璃はいいの? 今、私も鹿里君からお誘いを受けてるんだよ。お付き合いしてるんでしょ?」
「だからぁ~! そういうのじゃないと言っている!」
 慌てた様子で否定する瑠璃。
 やっぱり怪しい……。
 でも、ここまで否定するってことは、本当に付き合ってないのかな。
 うーん、分からなくなってきた。
「まぁまぁ……」
 なだめるように鹿里君が言う。
「だからこそ、変な誤解を解くためにも、次は上園だけをご招待するよ。俺のおごりだから遠慮せず、ね」
「えっ? ほんとに連れてきてくれるの?」
「もちろん」
 鹿里君は、にこやかに答えてくれた。
 瑠璃も嫌がってたり焦ってたりする様子は、微塵もない。
 やっぱり付き合ってないのかも。
 でも、瑠璃は黙ってじっとしてたらすごく可愛いから、二人はお似合いだと思うし、ちょっと残念。
 それに……瑠璃が鹿里君に夢中なら、奏に声をかけたりしないだろうし、私としては安心できるから。
「じゃ、決まりだね。明日にでも、スケジュールの相談でもしようよ。なるべく、近いうちに来られたらいいね」
 鹿里君が言う。
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
 私は、心から言った。
 本音は、やっぱり奏と一緒に、こういう素敵なお店でお食事したいんだけど。
 でも、こういう事情があるとはいえ、鹿里君のようなクラスの人気者からお声かけしてもらえたことに対して、悪い気はしない。
 それに、「奏以外の男性とは、一緒にお食事したくない」って言うと、私の想いがバレバレになっちゃって、すごく恥ずかしいから。
 そして、三人とも自宅のある方向が異なるので、私たちはその場で解散した。