「いるんでしょ?開けて。お願い…」
以前とは大分違う、頼りないその声に誘われるようにして、チェーンを外して玄関の戸を開けた。
「ありがとう」
そう言って女は中に入り、玄関で掛けていたサングラスと帽子を外す。コートに着いた雪がパラリと落ち、床に染みを作った。
百合の香りは大分薄くなり、煙草の匂いは強くなっている。
「明日香さん…」
自信に満ち溢れ、気品漂うお嬢様の面影はもう見当たらず、そこに立っているのは、ただの女の子、だった。
そしてー
「昔みたいに、あすちゃんって呼んでよ」
寂しげに、口を尖らせた。
部屋の奥へ勧めるのを、明日香が首を振って断る。
「いいの、すぐに帰るから。」
そう言うと、私が片手に持っている物に目を留めた。
「孝一さん、大変なんですってね…」
私がさっきから食い入るようにして読んでいた新聞には、あの日のことが記事になって載っていた。
但し、私の存在はきれいさっぱり消え去って、犯人の壮絶な人生がクローズアップされており、その発端であるとされている嘉納グループを批難するような意図が見え隠れしているような内容だ。
容態については、緊急手術は無事成功したものの、意識が戻らないとなっていた。病院名は伏せられている。
何もできないのに、居ても立ってもいられない自分を制することがしんどくて、疲れた。
「そこに書かれていることが、嘘っぱちだってことを、私は知っているわ」
森明日香の言葉に、俯きかけた顔を起こす。
「―え?」
すぃっと、右手を鉄砲のような形にして、その銃口を驚く私に向けた。
「本当に狙われたのは、あなただってことをね」


