「嘉納様、お帰りですか?」
追ってくる支配人を無視して、ホテルの前に横付けして待たせておいた車に乗り込む。
「クロークにお預けになれば良かったのでは。」
車内に置いていったジャケットを羽織っていると、運転手がミラー越しにこちらをちらと見て尋ねた。
チャコールグレーのコートを脇に追いやって答える。
「信頼できない人間に、自分の荷物を預けたくないんでね。」
それに、と付け足す。
「ここの匂いをできるだけ付けたくない」
「…左様ですか。」
やれやれ、という思いを胸に押し込んで、運転手は車を発進させた。
この森グループ管轄のホテルも、近いうちに潰れるのか―と、嘉納のやり方に、内心怯えながら。


