風が、吹いた


「嫌、いかないで…」




後ろから腰に回された腕と、彼女の掠れた声。




その手を解かせて、振り返ると、潤んだ瞳でこちらを見つめている。




あぁ、面倒だ。こんなに無駄な時間はない。




溜め息を吐きたいのを、ぐっと堪える。




「……あの女のことが、まだ好きなの?」




森明日香が、綺麗に整った眉を、ハの字にして、尋ねる。




「倉本千晶って女のことが、忘れられないんでしょ…」




その言葉で、どうして千晶があの会場に居たのかが、大体予想できた。





その瞬間、自分の顔から、笑顔が消える。




ガツッ




「きゃっ」




自分の真横の壁にぶつけた拳。パラパラと粉が舞う。



目の前の彼女は、思わず瞑った目を再び開いて、恐怖の入り混じった表情で、俺を見つめる。





「…言い忘れてたけど…」




冷めきった感情と刺し通すような視線で、その姿を見下ろした。





「俺、煙草の匂いが反吐が出るほど嫌いなんだ。」





その場にへたりこむ女をそのままに、部屋を後にした。