風が、吹いた


でも、最近は―




最近は、彼女のことばかり、考えている。




「お待ちどうさま」




コト、という音と一緒に、目の前に置かれた珈琲。




それから、ジャムが添えられたスコーン。




「あの、これ、頼んでないですけど」




慌てて言うが、店主は口パクで、サービス、と言うとピースサインをした。




「あ…」




お礼を言いかけるが、くるりとすぐに背を向けてしまったので、叶わなかった。



諦めて、独特の香りを持つマンデリンを口に含むと、特徴でもある苦味が広がる。




温かい、バターをたっぷり使ったスコーンと、甘いアプリコットジャムが、その苦さを和らげた。




なんとなく気分が良くて、店を出ると夜空を見上げたりして。



鼻唄なんか歌いながら、自転車を走らせた。



少し秋らしくなってきた風も心地良かった。




しかし。




アパートが見えてきたところで、その前に停まる車と人影に、途端に眉間に皺が寄る。




「…何の用ですか。こんな時間に」




その脇を通り抜けて、自転車を停めながら尋ねた。




「孝一様が中々お帰りになられないから、ずぅっとお待ちしていたんですけどねぇ」




暗がりから、街灯の下に顔を出した背の小さい、ひょろりとした男は、七三に分けたテカテカする前髪を指で撫で付けた。



いつも思うが、この男のスーツは何故か決まらない。


全てオーダーメイドだから体に合わせて作ってあると思うのだが。



要は似合わないのだろう。