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午後8時。
カランカラン
金のベルを鳴らして店内に入る。
「いらっしゃい」
日曜の、ガソリンスタンドのバイトが終わった後、最近ここに立ち寄る。
[calmo spazio]
通称カルモ。
とにかく珈琲のうまい店。小さくてわかりづらい場所にあるのに、人気がある。
店主もなんていうか、ほっとするような、それでいて放っておいてくれるような、不思議な人だった。
「今日も仕事帰り?」
穏やかに訊ねる店主に、俺は頷く。
この時間帯になると、客もまばらだ。
カウンターの一番端の席に、今日も腰掛けると、
「本日のお勧めはなんですか」
と訊く。店主はうーん、と悩んでから。
「キリマンジャロ、かな」
笑って。
「でも、疲れてるなら、マンデリンですっきりしてもいいかもね」
と付け足した。
「じゃぁ、そっちをください」
一人きりで家に直帰するよりも、ここで誰かが居る空間で一時を過ごしてから、家路に着く方が安心できた。
学校では人と距離を取る事に神経をすり減らし、バイト先ではただ稼ぐことだけに没頭し、家に帰ると誰にもぶつけることのできない思いが、呼吸さえも辛くさせる。


