風が、吹いた


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そろそろ暑さと湿気を感じるようになって来た頃。



どんよりと水分を沢山含んだ雲が広がり、梅雨が始まりそうな予感がする日。



HRが終わって、帰ろうと席を立つ。




「椎名、サッカー部行こうぜ」




「いや、バイトあるから」



固まる橋本を尻目に、さっさと教室を出た。



アパートは学校に近い所に借りていて、歩いて通っていた。



今日は、なんだっけな。あ、本屋か。



家についてすぐに着替えて、自転車を走らせる。



今日は22時までのシフト。


なんか買っていくかな。



なんて考えながら、いつもと別のルートを通ってコンビニのある道に出ようと、角を右に曲がった。






あ。



心の中で呟く。



信号のある小さな道路。



自分と平行するように反対側に、自転車に乗った彼女を見つけた。




―何を見ているんだろう。



じっと、森の中を見つめる彼女の顔は、学校に居る時とは違って。



見たことのない、柔らかな表情に、心臓が小さく撥ねた。



もしかして、あの場所が、好きなのかな。



ふと頭を過ぎった予想は、時経つうちに確信に変わった。



それから、何度か同じ場面に出くわすことがあって。


この信号が赤になる度に、彼女は少し嬉しそうに短い時間を楽しんでいたから。