風が、吹いた





ー好きな奴、なんて。



今の私に。



なんて答えられるというのだろう。





「俺が前、言った事、覚えてる?」




何も答えない私に、浅尾が距離を一歩縮めた。




自分の顔には、戸惑いが浮かんでいることだろう。


浅尾が何を言おうとしているのか、見当がつかなかったからだ。


それが不安を煽る。


目を凝らして、彼の表情を読み取ろうとするのだが、背後の照明が眩しすぎて、益々見えなくなるばかりだった。





「人は、忘れるから生きていけるって言ったこと」




以前は冗談のようで笑えた浅尾の言葉が、今の私にずっしりと響いた。



胸が、苦しい。



今日は、どうして、こんなに、皆が、『忘れる』という単語を、私の耳に聴かせるんだろう。

心を、ぎゅっと掴まれてしまったかのようで、こみ上げてくる感情を抑えるのが、しんどくなる。