風が、吹いた

適当に相槌を打っていると、吉井がうつらうつらし始める。



「ちょ、吉井。もう帰ろうか?」




慌てて、声を掛けるが。



「まだまだ!ビールお代わり!」




店員にそう叫ぶと、彼女はきっと私を睨んだ。




「くらもっちゃんはねぇ。もー、肩の荷物を降ろしなさい!下に!」



閉じそうで、閉じない瞼が、彼女の泥酔ぶりを示しているようだ。




「もう…迎えは、…こないんだから。」




先ほどとは打って変わった声の小ささが、その言葉に真実味を持たせた気がした。



私が何も言わないで、あまり好きでもないビールをちびちびと飲んでいると。




「松下先輩もとうとう、結婚するのかー」




さっき、私が話したことを、吉井がもう一度持ち出してくる。この脈絡のなさ、完璧な酔っぱらいの出来上がりだ。






「私も人のこと言えないけどさ、くらもっちゃんもそろそろ現実見ないと」






虚ろだった吉井の顔が、店の入り口の方へ目を留めると、急ににやっとした笑顔になった。





「あそこにも、現実を見ないといけない人がいるんだけどさ。それでもあれの方が、まだ現実に近いと思うんだよね」





ジョッキを持ちながら、人差し指だけ、私の後ろに向けたので、つられて振り向けばー




「…よう」





私の記憶よりも、少し大人びた浅尾が、スーツ姿で立っていた。