風が、吹いた


自動ドアを通ると、受付におかえりなさいと声を掛けられ、軽く会釈して通り過ぎる。



ちょうど着ていたエレベーターに乗り込み、7階のボタンを押す。



3階で停まり、扉が開くと、よく知っている女性が乗り込んで来た。





「あら、倉本千晶」





未だに、私のことをフルネームで呼ぶこの人は、高校の時、椎名先輩に告白した後、フラれることすらされずに撃沈した松下佐奈だ。



なんと偶然にも、同じ会社で働いており、部署は違えど、ここでも先輩である。


椎名先輩が、居なくなってから、彼女は私のことをよく気に掛けてくれた。



『相手は最低の男なんだから仕方ないわよ』




とか。



『あの男が好きになった唯一の女ってだけで、家宝もんよ』



とかいう、はちゃめちゃな励まし方ではあったけれど、当時ふさぎこんでいた私にとって、一方的に話してくれる、返事を必要としない相手は、一緒に居て、楽だった。




「研究室の帰り?」


「はい」



彼女の問い掛けに頷いて、受け取ったデータのファイルを見せた。




「東海林は?」




「さぁ…」




私が言葉を濁すと同時に、エレベーターが7階に着く。