風が、吹いた





「え?」



訊き返すが。



「じゃ、19時位でいっかなぁー」



相変わらず暴走気味な彼女。




「ちょ、ちょっとま…」




一方的に用件を告げられ、切られたことに、思わず顔をしかめる。

はーっと盛大な溜息を吐くと、タクシーの運転手がミラー越しにこちらを見た。





「大丈夫ですか」




気遣ってくれる運転手に、かなり気恥ずかしい思いだ。




「すみません。大丈夫です、ありがとうございます。」



肩を縮こませて、軽く頭を下げた。



もう運転手はこちらを見ていないけれど、なんとなく前を向きづらく感じて、窓の外に目をやった。


スクランブル交差点で、熱そうなアスファルトの上を行きかう人々。



ここは都会で、人の数も蟻のように多い。


本来ならこの辺りにアパートを借りると楽だ。



それでも、私は結局、あの街を離れられないで居る。



最寄の駅から1時間と少し、かかるけれど、電車で会社まで通っていた。


毎日毎日、もしかしたら、という願望を捨てきれないまま、がむしゃらに生きて。


その間に確かに流れている時間だけが、私の心と身体を急速に引き離していく。



「着きましたよ」



運転手から声を掛けられ、いつの間にか停車していたことに気づいた。


お礼を言って、支払いを済ませてから、タクシーを降りる。