「はぁ、はぁっ」
雨が降る中、走り抜ける景色が、全て彼との日々を、思い出に変えてしまうような気がした。
自分の心は、どこかでわかっていたのかもしれない。
いや、はっきりと気づいていた。
去年の終わりごろ、私が抱いた不安は、今更になってはっきりと姿を見せた。
彼が、佐伯さん以外のバイトをやめた時。
佐伯さんが、もうそんな時期か、と言った時。
引越しの際、何かをひとつひとつ、整理するように、
彼が自分の身の周りを片付けていっているように感じて、
私は小さく不安を抱いていた。
―でも。
「はぁ、はぁ」
ずぶ濡れになりながら、あの森にたどり着いた。
靴もぐっしょりと雨に濡れて、重たい。
走ることをやめて、ゆっくり、白い家に向かって歩いた。
綺麗な庭も、何もかも、変わっていないけれど。
自転車は、なかった。


