「ん、かわいー」
私を見ると、椎名先輩は目を細めて笑い、当たり前のように、手を差し出す。
彼の発言で、顔を合わすことができないくらい恥ずかしいのに、その手だけはちゃんと取る私。
満足そうにぎゅっと握ると、先輩は歩き出す。
タンタンと軽快な音をたてて階段を下りる。
「駅まで少しあるけど、歩いていってもいい?」
ふいに、私を覗き込むから、さらに心臓が飛び跳ねてしまい、一瞬何を聞かれたのかすら、わからなかった。
「いいよ」
慌てて答える。
その方が、距離も近くて、傍にいられるから、とは言わないけど。
いつもの風景が、好きな人と一緒に歩くと、違って見えるっていうのは、本当なんだと実感した。
隣の家の柴犬も、
昼寝している猫も、
公園で遊ぶ小さい子たちも、
ひなたぼっこする烏(からす)も、
何を見ても、平凡なものが、初めて見たものかのように、新しく映る。


