風が、吹いた


「そういえば、今日椎名先輩、遅くなるかもしれないそうです。間に合わなければ先に始めててって言ってました。」




冷蔵庫で冷やしてあるデザートの種類を確認して、軽い目眩を覚えつつ、連絡事項を伝える。




「そーなんだ。あ、千晶、ついでにレモン取って」




オーブンを覗き込みながら、佐伯さんが言う。



輪切りにされてあるレモンの入った容器を、佐伯さんに渡しつつ、




「先輩、他のバイト、明日までで辞めるそうですよ」



何の気もなしに、話の流れで、そう言った。





差し出したはずのレモンが、いつまで経っても受け取られないのを見てー



「佐伯さん?」




と声を掛けると、はっとしたように。


今確かにあった沈黙を紛らわすように。


佐伯さんが軽く笑った。




「はは、そっか。他は辞めるのか。もう、そんな時期なんだね。早いなぁ」




朝から、私の心に引っ掛かっていた隠れた何かが、スポットライトを浴びた。




―そんな時期なんだね。




椎名先輩の生活が変わるということは、時の流れを示していたから。



だから、引っ掛かったんだ。



それでも全貌はまだ、見えない。



不安な思いをさせる何かが、まだ出てきてくれていない。