そして無難な紺地の着物を借りる。


「そんな地味なものでいいんですか?」


なんて沖田に聞かれたが、地味なもので良かった。




何故か沖田が詩織に貸そうとするものは おかしな柄のものばかり。



カエルが舞っているような柄、タコが暴れているような柄、小さな子供用のではないか?詩織がそう疑うくらいに。



詩織は女で、しかもそこまで幼くない(はずな)のだから まともなものが欲しい。欲しかった。



「まぁ無難なものが一番ですからね」


「そうですか〜?」



不満そうな沖田は置いて、部屋から出て行く。


部屋を出て キョロキョロと左右を確認して、頷いてから左へ歩き始めた詩織。



「って、どこに行くんですか?!
宮野さんは!」



首根っこを沖田に掴まれながら 驚いたように言われた。




そんなの


「土方さんの部屋にですが ───」


他に何が言える。




「...土方さんの部屋は逆方向ですよ」


沖田の呆れた声が 詩織に投げかけられた。












また、やってしまった。



ナニコレ、方向音痴を地でいくようなアホな感じ。



いや、アホそのものだけどさ。






アハハと乾いた笑いを出しながら方向転換。



「わ、わわわわわざと間違えたに決まってるじゃないですか!」


ついでに沖田の肩をバシバシ叩く。


声が上ずっているのは気のせいだと思ってもらいたい。


が、



「言い訳ですね」


「いえいえ!
笑いを取ろうと ─── 」


「い い わ け ですよね?」


「...はい」



結局 沖田に負ける。



しぶしぶと沖田の後ろに付いて行く。






そして、沖田の部屋の隣。


土方の部屋へと。





案外近い。


というか、近すぎる。






「な、仲がよろしいんですね、とても」


詩織は引きつったように頬が動いているのは気のせいだと信じたかった。信じさせて、寧ろ。



「誰と誰がですか?」


詩織の発言にキョトンとした沖田の表情。



本当に分かっていないのか?


詩織は疑問に思い、沖田の顔をジーッと見つめる。



そして見つけた。


ヒクヒクと沖田の口の端が動きたそうにしている。



そのことに気づいていないフリをして呟く詩織。



「沖田さんと土方さんが、ですよ」


「ブハッ...さすがにそれはごめん願いたい」


「それは俺もだよ...」


疲れきった様子で土方が部屋の障子を開けながら、詩織たちの会話の中に入ってきた。




そして部屋の中へ入れという身振りを二人にする。



「まぁ適当に座れ」


土方の言葉に甘え、詩織と沖田はペタリと座った。



二人が座ったのを確認して、土方は口を開く。



「...何から話せばいいんだろうなぁ」


途端に遠い目をした土方。




反対に冷めた目をする二人。


「そんな目で俺を見るなって」


文机に頬杖をつき、苦笑した土方。


沖田がプイッとそっぽを向いた。




土方は 詩織の目を見つめ真剣な表情をする。


何故か詩織の胸がキュッと締め付けられた。


そのことに土方は気づいていない、はず。


落ち着いた声で話し始めたから。



「まずは 藤堂のこと、だよな。
これをハッキリさせていないと 宮野がここに住むことは出来ないからな」


「よろしくお願いします」


コクリと頷いて 詩織は答えた。



「とは言ってもなぁ、俺らもそこまでのことは知らないんだ」


「えっ...?」


「そういうことですねー
一番は本人に尋ねることでしょうが そんなこと僕たちしてきませんでしたからねー」


「それは、なぜですか?」


「必要がないから、ですかね」



フッと詩織から視線を外し、沖田は悲しげな目をした。



どうしてだか、分からない。



コホン、土方が咳払いをする。



「つまりだ、俺らがアイツについて知っていることは二つ」



詩織が思った以上に少なかった。


だが、その話は聞く価値はあると思い、真剣に聞く。



「まずは 宮野も見たと思うが 藤堂には二つの人格がある」




一人は優しく人当たりの良い人格。


もう一人は正反対の乱暴な人格。




詩織がそう言うと 土方は頷いた。


「そうだ。
そういや宮野は気づいたか?
藤堂の人格が何をきっかけに変わるかを」


「いいえ、そこまでは ─── 」


「だろうな。
なら、覚えとけ。
藤堂は雨に触れたときと戦闘を行うとき、人格が変わる。
だが、雨に全く触れず、戦闘も行わければ 三日もすると 元の人当たりの良い人格ヘ戻る」



真面目な顔をして、土方は言った。


そのことにほんの少しだけ疑問を感じた詩織。



「それだけ、ですか?
そうなったきっかけは何でしょう?
それにどのような原理で元に戻るのですか?」


「僕たちには分かりませんねぇ。
それこそ彼に聞くことができなかった ─── 」


「お前たちに言う必要性が感じられなかったからな」



その時 斎藤に連れられ、藤堂が土方の部屋へやってきた。


不満を全く隠さずに。




そんな彼を連れてきた斎藤はそそくさと部屋へ戻るよう。


面倒事には巻き込まれたくないようだ。


その姿に『裏切り者!』なんて思ったのは詩織だけではない、とだけ書いておこう。




藤堂はドサリと部屋へ入ってきて すぐにあぐらをかいた。


そして三人の顔を見回す。



「で、話ってのは何だ?
もしかしてだが その女についてか?」


顎をクイッと詩織の方に向け、投げやりに言う藤堂。



鋭く詩織を睨みつける。


土方にも負けないくらい怖く 震え上がる詩織。



土方は小さくため息をついた。


「そうだ。
斎藤からも話を聞いたと思うが、コイツを、宮野詩織をこの前川邸に置きたいと ─── 」


「俺は反対だ」



土方を厳しい口調で遮った藤堂。




『ですよねー』みたいな表情をしたのは沖田。


こんな展開になると予想していたようだ。




詩織はもう前川邸に住むのはやめようと 思いかけていた。


外を見ればまだ雨が降っている。



藤堂はきっと当分この人格のまま。


元に戻ることはまだ遠い先のこと。





詩織がこう考えを巡らせているとは知らずに土方は深〜いため息をつきながら詩織に近付いて コソッと耳打ちをした。





「宮野、見た通りだが俺らがもう一人の藤堂について知っているあと一つのこと。
それは『極度の女嫌い』ということだ」