神さまのせいでタイムスリップ先が幕末の京になりました



それからどれくらいの時間が経ったのだろう?


少なくとも 先程まで起きていた時 昼だったのが、今は明らかに夜になっていることが分かる程度だ。



月明かりが明るい。


やはり、現代とは月の見え方も違うらしい。




そして、部屋の壁に寄りかかって眠っている斎藤を見つけた詩織。



そんなことよりも詩織は腹が減ってしょうがなかった。


もしかしたら、台所になにか食べるものがあるかもしれない。


そう思い、起こさないようにと、そろりと足音を忍ばせて部屋を出ようとする。






が、そう簡単にうまくはいかないもの。



「どこに行くんだ」



斎藤が詩織の手を掴み、尋ねた。


何故か背後に殺気を込めて。




その様子に一瞬だが息を飲んでしまった。


「お腹がすいた、ので...台所に、何か無いものかと探しに...」


「そうか」


つっかえながらも、なんとか答える。


斎藤はその答えで詩織に興味がなくなったのか、サラリと手を離した。



しかし何故、詩織でも分かるような殺気を発せられていたのか分からない。


思い当たるようなこともなかった。





とにかく早くここから出よう。


そう決めて、部屋から、斎藤から、逃げ出す。





だが、パッと部屋から出たものの 何も考えてなどいなかったから どうやって台所まで行けば良いか分からない。


取り敢えず、部屋から出てすぐに左に曲がる。




廊下は月明かりだけでなんとか走れる。


部屋を振り返らずに走る。








けれども、これが詩織の誤算だった。


何度も言うように詩織は台所の場所を知らない。



案の定迷子になった。



適当に走ってれば台所に着くと思ったことが間違いだったようだ。




自然とため息が出てくる。


この時代に来て何度目かも覚えてない。




元来た道を戻ろうと回れ右。




ボスッと誰かにぶつかった詩織。


背後に誰かがいるなんて分かりもしなかった。



それだけ存在感がなかった。



「ぶつかってしまい すみません」


「いや、俺も悪かった」



頭を下げて謝った詩織だが、返ってきた声にどこか聞き覚えがあり 頬を若干引きつらせて顔を上げた。



「さ、斎藤さん?!」



詩織がぶつかった相手は、逃げてきたはずの斎藤。


詩織の全く知らない相手、というわけではなかったからまだ安心。


だが、ストーカーのように感じた。

ただの軽い驚き、だと信じたい。




「着いてきたなら、台所まで案内してくれても良かったじゃないですか」


呆れた様子で小さく呟いた詩織。


完全に独り言のつもりだったのだが、返事は返ってきた。



「本当に台所に行きたかった、とは思えんかったからな。
現にお前は台所へ行かなかった」


「それは場所がわからなかっただけで...」


「ソレは本当か?」



スゥッと細くなった斎藤の瞳。


詩織を信用などしていないことがわかる、疑う瞳。



「本当、ですよ」



こんなことを言っても、斎藤には信用などされないことは詩織にも分かってる。


所詮、このままでは口だけなのだ。


クッときつく、無意識に唇を噛んだ。




何も言わなくなった詩織に諦めたかのように 斎藤は頭をかいて ため息をつく。



「付いてこい、台所ならこっちだ」



クルリと引き返していく。


本当に詩織が走って行った方向は台所ではなかったようだ。




斎藤に渋々とついていきながらも、詩織はある思ったことを尋ねた。



「斎藤さん、少しお尋ねしてもよいですか?」


「内容によるがなんだ」


「なぜ、ここはこんなに静かなんですか?」


「ここ?」


「えぇ、前川邸のことです」



詩織は走っている時には気が付かなかったが、今は静かに歩いているから分かった。



ここは、前川邸は、誰も人がいないように静かだったのだ。



数秒ほど、考え込んだ様子の斎藤だったが詩織が何を聞きたかったのかわかった模様。


しかし、答えるかどうか迷っていた。



「私、誰にも言いませんよ?」


「信じられるか、間者の疑いの方が高いからな」



やはり、詩織を信用していないから答えなかったみたいだ。



確かに、詩織も斎藤の言い分もわかる。


急に『未来から来ました!』なんて言われても、信用など詩織だってそう簡単には出来ない。


だからこそ、詩織は強く斎藤には言えなかった。




だが、数歩歩いた先で斎藤がニヤリと 詩織の方に振り返ってきた。


なんだか、悪寒がする詩織。


嫌な予感が盛大にする。



つい一歩、後ろに思わず足が動いた。


斎藤も一歩、詩織に近づいた。



また一歩、下がる詩織。


そしてまた、近づく斎藤。



こんなことが詩織が壁に追いつくまで行われた。




全てを見ているのは、何もすることのない月のみ。


誰も、詩織の助けになど来ない。




ついにトンッと壁に背がついてしまった詩織。


逃げることはもうほぼ不可能。


詩織に出来ることはあとは睨むこと。


ただそれだけ。



「な、なんですか斎藤さん」


恐怖で声が震えている詩織。



反対に斎藤はといえば気のせいか、生き生きとしているように見える。



「なぁ、お前が望むように俺は答えてやってもいいんだぜ?
俺の言う通りにしてくれれば、な?」



背筋の凍るような笑みを浮かべている斎藤。



「なに、するつもりですか?」


「さぁ?まぁ愉しいコトだな」


ニヤニヤとしている。



絶対に詩織にとって楽しいことではない。



「...そこまでされなくても私は大丈夫ですからっ!
離れてください」


「おいおい、そう邪険に叫ばなくてもいいんじゃねぇの?
それにそんな口の聞き方していいと思ってるのか?」



ニヤニヤとした表情を引っ込め、真顔になった斎藤。


恐怖が倍増される。



斎藤はスゥっと左腕を伸ばし、詩織の頬を包みこむ。


ビクッと震えた詩織。


もしかしたらキス、されるかもしれない。そう思ってしまったから。



その通りなのか 斎藤の顔が近づいて来た。



鼻と鼻がくっつきそうになる距離。



しかし、ピタリとそこで動きが止まる。



そして何かの気配を察知したのか背後を振り向くと 斎藤は残念そうに


「...チッ 帰ってきたか」


そう呟き、斎藤の腕は離れた。