漢字(かんじ)その日の夜も玄関の前に江理が待っていた。
俺は、その姿を確認すると深いため息をつきながら、めんどくさそうな顔をして家の鍵を出し玄関のドアに差し込む。
帰ってきた事に気付いた江理は満面の笑顔で近づいてくる。

「本当、毎日懲りないよな…お前も。」

鍵を回して部屋に入ろうとする俺に言った。

「私の台本は読んでくれましたか?」

有無も言わさずにその言葉と同時にドアを乱暴に閉めた。

「また明日来ます!」

ドア越しにそう言った江理に俺は言った。

「なんで、そんなに俺のあの歌にこだわる?ドラマの主題歌に起用するなら、むしろミュージシャンの方から頼みにくるはずだろ?俺よりももっとふさわしいミュージシャンがいるはずだよ。もう、俺のところには来るな。次の新しい台本でも書いてろ。いいな?」

玄関からリビングに移動しようとした時だった。

「私、全ての事において妥協はしない性格なんです。自分の最高の作品には一番じゃないと意味がないんですよ。観てる人の心をしらけさせる様な妥協した演出が一つでもあれば、人の心を動かせるようなものにはならないと思わないですか?」

俺はその言葉に動かそうとしていた足を止め、初めて玄関のドアを開け、左手をドアの前に立つ江理の方に差し出した。

「それだけ言うなら、台本だけ読んでやってもいい。」

目を一瞬合わせると、カバンから取り出した台本を左手に差し出した。

「会った時より、目が少し優しくなって良かったです。私は失礼します。また感想を伺いに明日参りますので。」

そういうと、江理は笑顔で軽く会釈して帰って行った。

「本当、うざい女だな…」

その淡々とした妙な身のこなしと言葉に俺は、口元を緩ませて微笑んだ。