俺はそんな彼女を見て肩を震わせて、大声をあげて笑っていた。

持っていた銃を奪いとると、俺はこめかみに銃口を当てて引き金を引いた。
打った瞬間、カチっと軽く弾いたような音が響き渡る。

「モデルガンだよ。弾なんか入ってないよ。本物の銃な訳ないだろ?俺の代わりに死のうとでも思ったのか?」

恵里奈は涙目になりながら言った。

「騙したの?私はあなたの為なら死んでもいいって本気で思った!あなたの心を追い詰めて苦しめてるのが、渚さんに似た私ならあなたの全ての気持ちを受け止めたいって思った。今でもあなたが大切で本気で愛しているとわかったから。」

真っ暗な暗闇しか映らなかった窓に水滴がつき始め、雨の音が聞こえてくる。
だんだん小雨の音が大きい土砂降りの音に変わっていく。

「当たり前だろ?死んでもらっても償いきれないよ!お前は俺と渚の未来を潰したんだ。それに渚の代わりになんか、いつにはしまなってもレプリカのお前にはなれやしないんだよ!」

俺はそう言った後、銃を握る手が震えて、汗ばんでいるのがわかった。

外の雨の音だけが静寂の中に響き渡る。
涙を溜めた恵里奈は、言い返す言葉もなく雨が降る外に飛び出していった。

彼女の足音も聞こえなくなった後、俺は銃のスライドを少しだけ引き、薬室を覗きこむ。
ポケットに彼女にみえないように抜きとっていた銃弾を見つめて微笑む。

「嘘だよ…モデルガンだなんて…」

俺が持ってきたのは、本物の拳銃だった。

現実に疲れた俺は、本当はここで1人で死ぬか答えを出すつもりだった。
予想外に現れた恵里奈に動揺した俺は、咄嗟に運試しのゲームを思いついた。
俺は彼女に愛されていたのかという単純な気持ちだった。
もし、気が狂った演技をした時、俺を愛していれば彼女は気が狂ったと思い死のうとする俺を止め、今までの出来事を思い返して罪悪感にさいなまれ銃を手にとり自ら死のうとするだろう。
簡単なシナリオは俺が彼女ならば、そういう答えに行き着くだろうと思った。

彼女は俺のシナリオ通りにはならない。
命に敏感な彼女なら、本当の愛情を知らない彼女なら俺のゲームにはのってはこないと思ってた。
当然だ。
俺は彼女を見捨て、本当の愛など伝えていないのだから。
でも、彼女は俺のシナリオ通りに銃を手にした。

そして、死のうとまでしたのだ。

俺は、ソファに座りタバコに火をつけた。
さっきの恵里奈の顔を思い浮かべながら、タバコの煙を吐く。
何度もフラッシュバックみたいに彼女の色々な表情が浮かぶ。

「俺は…なんて事をしてんだよ…」

窓の外の雨は、さっきよりも激しくなっていた。
俺は、玄関のそばの傘立てに刺さってあった傘を適当に二本選んで家を飛び出した。
地面は雨でぬかるんで上手く歩けない。
泥が服やパンツに飛び散り、泥だらけになっても俺は気にせずに恵里奈の名前を叫びながら探し続ける。
まだ遠くには行っていないはず。
バスやタクシーなどそんなに通らないこの場所なら彼女は駅に向かうだろう。
俺は、駅の方向に急いで走り出す。

彼女を探している俺は、ずっと彼女の事を考えていた。
最低な俺でも彼女は本当に愛していると言ってくれた。
彼女の心は誰よりも純粋で真っ直ぐだったのかも知れない。
そして、嘘と真実の色眼鏡で彼女を見つめていたのは俺だった。
最初から最後まで、俺は周りの言葉に躍らされてばかりで渚に似た彼女ではなく、本当の彼女自身を見てはいなかったのだ。

「恵里奈ー!」

さっきより雨が一層激しく降り続く。
俺は彼女を探し続けて、山の中でずっと彼女の名を叫び続けた。
そうしているうちに駅に着いた時には終電は終わっており、駅員が帰り支度をしているのが見えた。
ホームを見ても彼女の姿はなく、最後に駅の待合室を覗くと、髪までずぶ濡れになった彼女が半分身体をベンチに預けて、右腕を枕に眠っていた。
俺はその姿を見て、一気に安堵の表情を浮かべ、ほっと胸をなでおろす。
連れて帰ろうと、優しく彼女の身体を優しく揺らし起こそうとするが、起きようとするそぶりもなければ反応がない。
なんとなく胸騒ぎがして一気に全身の血の気が引いていく。
すかさず彼女の胸に耳を当て…心臓の音を聞いてみたが聞こえない。
口に手を当てても呼吸をしておらず、脈もない。

「嘘だろ…」

俺は慌てて、帰ろうとしていた駅員を強引に引き止めた。

「直ぐに救急車呼んでくれ!早く!」

目を大きくさせびっくりした表情で俺を見つめた後、後ろで青白い顔をして横たわる恵里奈を見つけ、慌てて駅長室に戻り電話をかけていた。

冷たくなった彼女の手を握っている事しか俺は出来ず、ただ自分を悔いて泣いた。


電話をし終えた駅員が慌てて戻ってくると、俺に震えた声で言った。

「大雨の影響で、ここに来るまでの道路が土砂崩れを起こしてて、救急車は明日まで来れないそうです…」

「この駅の近くに病院は?」

俺は、駅員に今にもなぐりかかろうかという気迫で胸倉を強く掴んでいた。
駅員は首を横に振り、「ありません。」
とただ一言だけ静かにそう言った。
その言葉に俺は、胸倉から手を離すとベンチで横たわる恵里奈の頬を軽く叩いた。

「寝た振りするなよ…そうやって俺を困らせてんだろ?おい!」

俺は冷たくなった恵里奈の身体を激しく揺さぶり、何度も呼びかけ、心臓マッサージを繰り返した。
しばらく黙って見ていた駅員は俺の行動を見ていて、いたたまれなく思ったのか、俺の腕を掴み、止めに入る。

「やめてください!もう彼女は亡くなってます…」

その言葉に俺の身体の動きは止まり、駅員の顔を見つめた。
駅員は静かに首を横に振る。

その言葉と表情で俺は堰を切ったように彼女の身体を抱きかかえ泣き叫んだ。
もう二度と恵里奈に謝る事も伝えたかった言葉でさえ、永遠に伝えられぬまま、俺はまた大切な人を失ってしまった。