会場の龍之介の元に戻るやいなや、俺は無表情で「帰る」と告げた。
真ん中に飾られている谷垣の写真を見るだけで怒りでどうにかなりそうだった。
周りを見渡すと、すすり泣く声さえも聞こえる空間の中でただ一人俺だけが優しい気持ちで弔う事ができないのは明らかだった。

「どうしたんですか?急に。」

慌てふためく龍之介の後ろにいる恵里奈の姿に目線を合わせた。
下を向いた恵里奈がこちらに視線を向けようとした時に俺は、龍之介にすかさず視線を合わせ、言った。

「ちょっと、さっき頭痛がしてな…悪いけど先帰るよ。お前、俺の代わりに線香あげといてくれ。」

「送っていきますよ。」

「いいよ。タクシーでも拾って帰れるから。ちょっと一人になって、今後の仕事の事も考えたいしな…」

身を乗り出して立ち上がった龍之介を席に座らせると、俺はちらっと恵里奈の姿を確認してから、会場を出て行った。

タクシーも拾わず、歩きながら俺は、さっきの最後の西岡の言葉を思い出していた。

西岡はそのまま去ろうとする俺に不気味な笑い声を上げていった。


「くっくっくっ・・・・恵理奈は俺よりもっと死にたいだろうな。」


「どういう意味だ?」


俺は、その言葉に西岡の胸倉をつかんでにらみつけた。


「あの子はさ、何も知らないんだよ。俺が父親であることも。母親に望まれずに生まれたことも。あの子の母親の影を探すように、谷垣に親子以上の愛情を注がれ、身代わりの愛情、本当の意味で愛されていないことも。それを証拠に谷垣は、恵理奈を血縁者の欄から死ぬ前に外したんだよ。本当の孤独の中にいるあの子に手を差し伸べてやれるのは、本木君しかいないんじゃないか?」


「そんな他人行儀によく言えたもんだな!」


「他人行儀というか、あの子と俺は他人同然さ。血の繋がりがあるってだけで俺は、あの子を愛してなんかない。むしろ邪魔だった。」

西岡は体が痛むのか、震える手でポケットに入っているタバコを取り出し、口に咥えた。

「恵理奈を刺したのは俺だよ。全部終わらせるつもりだった。姉さんと一緒で邪魔だったんだよ。だから、谷垣にも協力した。あの子が死ななきゃ、俺は谷垣の中で一生二番手だったからね。最後くらい俺が一番になりたかったんだ。あの子を見る度に姉さんの顔がうかぶんだよ。呪縛である分身のあの子をずっと消し去りたかったんだ。」

「あんたは最低な人間だ・・・・。」


俺は西岡の胸倉から手を離し、そのまま会場に戻った。

しばらく歩いた後、俺は急に足を止めた。

「何考えてんだ…俺は…」

最後に葬儀場を去る時に背中越しに、確かに恵理奈からの視線を感じた。
あの時、俺は振り返らなかった。
そう、俺は振り返る事、視線を合わせることだってできたのに、恵理奈の俺を求める視線を見捨てたのだ。

「恵理奈がいなければ・・・、渚は生きていたかもしれないなんて…俺も最低じゃないか。」

そんな悪魔の囁きが、俺の頭の中を霞めた。
渚の心臓が恵理奈の中で生きている事実が、俺にとっては今は何よりも辛く、憎かった。
そして、渚を見殺しにした人間の娘という事実が何度も心に突き刺さった。
俺の頭の中では、憎しみと背徳感が入り混じったものが鬩ぎ合い交錯していた。