谷垣が自殺したという話を聞いた瞬間、恵里奈の身体は酷く震えていた。
何かに怯えているようだった。

「どうした?俺に話し…」

俺がそっと恵里奈の肩に触れようとすると、その手を強く振り払う。

「ごめんなさい…なんか疲れてるみたいで、少し1人にしてください。」

恵里奈は俺の顔も見ずに布団に顔を埋め、そう言った。
振り払われた手で強く拳を握りしめると、俺はベッドルームのドアを静かにそっと閉めた。

言葉をそれ以上続ける事が出来ず、俺は恵里奈の言葉通りに出ていくしかなかった。
心の中でどんな感情が今駆け巡り、苦しんでいるのかさえも話してはくれなかった。

「くそっ!」

ドア越しに聞こえる恵里奈の泣き声を聴きながら俺は、ドア近くの壁を力いっぱい殴りつけた。
1番側にいる事で彼女の全てを解ると俺は、甘かった。
恵里奈も俺の手をとってくれた時、同じように思ってくれていたのだろうと決めつけていた。
俺が自分の想いを勝手に押しつけ、過信していただけなのだろうか。
今だに恵里奈と俺の間に見えない越えられない壁を感じていた。

リビングに戻り、俺はタバコを吸いながらため息を繰り返す。

手元に置いていた携帯が鳴り、恵里奈との事でイラだちながら電話を取るとさっきと同じ電話の相手は龍之介だった。

「どうした?今度は何だ?」

タバコを灰皿に押し付けながら、言った。

「谷垣さんのお通夜の日取りでご連絡を…」

俺の苛立った感情に声で気づいたのか言葉を選んで話す。

「ああ…それでいつだ?」

ぶっきらぼうにそういうと、龍之介は申し訳なさそうに言った。

「谷垣さんの通夜は明後日になりました。それと今回の事件の釈明の会見は、会社の会議で延期して、マスコミにファックスで事務所から文面を送る事になりましたので…」


「解った…」

俺は軽く生返事をした。

「それと龍之介、谷垣さんの娘の恵里奈の事なんだけど、俺が一緒に連れて行くから。彼女がやる喪主の仕事は俺がするからさ。」

その後しばらく沈黙が続き、電話が切れたのかと思い、電話を切ろうとした時だった。


「本木さん…谷垣さんの娘って、もしかして本木さんの家にいる女性の事ですか?」


「そうだよ。彼女以外誰がいる?」

「今、こんな事、本木さんに言うのは僕も気が引けるんですが…今一緒にいる女性の事を大切にされてたから…でも、谷垣さんには娘さんはいないんです!だから…」

俺の耳から全ての龍之介の言葉が通り抜けていた。

全てが真っ白だった。

俺の目の前にいる女は誰だ?