ずっと俺に諭していた冷静な西岡も、また何よりも過去のしがらみに縛られ、自分の気持ちにさえも縛られていた。

「もう、俺はね随分前から全て終わらせようって思ってたんだ。狂った恋愛も何もかも。それに、この馬鹿げた追いかけっこもね。」

一瞬、西岡の中に俺は狂気を見た。

なぜなら、その時の西岡の笑顔の中に清々しささえ感じたからだ。

俺は、コーヒーを一気に飲み終えると、逃げるように西岡の前から立ち去り、恵里奈の病室に戻ろうと、ドアノブを回し手をかけた。

しかし、病室から微かに谷垣の声と薄っすら人影が見えた。

俺は、音を立てぬ様に1センチ弱の隙間から中の様子を伺っていた。
そのまま病室に入って行っても良かったのだが、さっきの西岡が話していた谷垣と恵里奈の話が妙に心に引っかかり、平然と谷垣がいる前に入っては行けなかったのだ。

薄暗い病室で谷垣は寝ている恵里奈の手を握りながら、泣いている姿が目に入った。

「美奈…」

そう名前を呼んだ後、恵里奈の顔に唇を近づけていく。

その状況を見た俺は、その異常な行動に咄嗟にドアを勢いよく開けた。

俺が入ってきた事に谷垣は驚いた様な表情を見せていた。

「全部見てたよ。あんた、おかしいよ。自分の娘に何しようとしてた?」

その言葉に、谷垣の目は明らかに動揺し、病室の一番奥にあったソファにあからさまに逃げるように座った。

「俺が娘に何しようが、俺の勝手だろ!俺は父親なんだ!」

「父親が成人してる娘にキスしようとするのが普通か?」

言い逃れする事を諦めたのか、谷垣はため息をついて、俺に言った。

「お前には渡さない。恵里奈は俺のもんなんだよ。」

俺は、その谷垣のあまりにも狂った言葉に背筋がゾッとした。