夕飯の材料を買うためにスーパーに行ってから家に着いた時には、時計を見ると夕方の四時を回っていた。
さっきスタジオでICレコーダーに録音した作った曲を最初に恵里奈に聴いて欲しくて、玄関のドアをゆっくりと開けた。
それと同時にさっきの奈緒との出来事を俺は、恵里奈と時間を過ごす事で記憶を上塗りする様に忘れたかったのだと思う。
ドアを開けて、テーブルの上にさっき買い込んだ袋を置く。
しかし、リビングに行っても恵里奈の姿はない。

「恵里奈?」

俺は何度も名前を呼び、部屋中をくまなく探した。
また、彼女は俺の前から何も言わずに消えてしまったのか?と変な考えすら頭に浮かぶ。
疑心暗鬼のまま、最後にただ一つ探してないテラスを開けると、ベンチに俯いたまま座っている恵里奈の背中を見つけた。
疲れ果てて、寝てしまったのかと俺は少し彼女の姿を見て安堵したのか自然と口元が緩む。
優しく肩に触れ、身体を揺らした。
しかし、起きる様子が全くない。
ふと恵里奈の身体を別の角度で見た時、俺の身体中の血の気が引いていく。
足元には、血塗れのナイフが転がっていた。
恵里奈の着ていた服は、真っ赤な血に染まっていたのだ。

「恵里奈!」

俺は、ビックリして慌てて彼女の脈を確認してから身体を抱き上げると、ソファまで運んだ。
すぐに救急車を呼んで、直ぐに彼女を病院に連れて行った。
集中治療室の電気が灯り、ずっと取り乱し、興奮状態のままの俺に看護師は外で待つように促した。
頭を抱えながら、ベンチに座る。
しばらくして、廊下にこっちに駆けてくる足音が響き渡る。
顔を上げると病院側の電話で仕事場から駆けつけた谷垣と西岡が、俺にちかづいてきた。
目の前に来た谷垣は息を整う間も無く、顔を見るなり何も言わずにすごい剣幕で俺の胸倉を掴み、思いっきり殴りつけた。

「本木、お前の男としての約束ってやつの結果がこれかっ!ふざけるなよ!」

「落ち着け!」

冷静さを失った谷垣は目の前にいる俺に、感情をただぶつけていた。
そんな谷垣を懸命に止めようとしていたのは西岡だった。

「くそっ!こんな事になるならすぐにでも病院に戻した方が安全だったんだ…」

谷垣は泣きながら、西岡の止めていた手を振り払い病院の壁に何度も何度も拳を打ちつけた。

殴られた痛みなんて感じないくらい、俺の頭の中は空っぽで真っ白で、眼に映る現実がスローモーションで流れていた。
後悔の言葉を並べ泣きながら、集中治療室のランプを見つめる谷垣と、その姿を冷静に見守る西岡。
俺は、彼女の血色の無くなった顔を救急車で見つめながら、何度も自分を攻めていた。
1分でも早く家のドアを開けていれば…
奈緒と約束をしなければ…
俺がずっと一緒に居てやれば…
そう、俺は過去にトリップしたみたいな感覚に陥っていた。

「また、俺は失うのか…」

唇をギュッと噛み締めながら、俺は全ての言葉を飲み込み、ただ真っ暗な廊下に灯るランプが一刻も早く消える事を祈る事しか出来なかった。