「中田やめろ!」

俺はそう言って叫ぶと、隼人は後ろから抱きつく形で、さらに力を腕に加えて喉元にナイフを後ろからつきつけた。

「どうだよ?絶望ってやつは?国民的大スターの本木佳祐も声がなくなったら終わりだよな。」

そう言って不気味に隼人が笑う。

絶対絶命のそんな状況で自分の人生を悟ったように、俺の頭の中には走馬灯のように過去の記憶が流れては消えていた。
俺の歩んできた人生は、誰かの恨みや憎しみをかい、誰かを死においやる事しかなかったのか?

俺は…本当にもう誰かを幸せには出来ないのか?

その時だった。

「隼人、早く本木さんを離して!」

そう言って鋭い目付きをして隼人の後頭部に銃口を突きつけていたのは、渚だったのだ。

隼人は舌打ちをしながら、ナイフを俺の喉元から下ろし、俺を腕から逃すと渚のいる方につき飛ばした。

「テメェ、何裏切ってんだよ!まさか、その男の事本気で惚れてんのか?」

すると、渚は俺の顔を見つめ、口元に人差し指を持っていき、優しい目をして声を出さずに唇を動かした。

俺は目の前にある渚のつぶやいていた言葉と今の状況に呆然としながら、何度も首を縦にふり頷くと、入り口に向かって全速力で走って行く。

それを確認すると、渚は笑って言った。

「中田さんと隼人には悪いけど、私抜けさしてもらうわ。気が変わちゃったから。もともと私、乗り気じゃなかったし。こんな茶番。」

渚は左手を駐車場のライブの入り口に向けて俺に逃げろと合図をする。
俺は足早にエレベーターの方へ走って行く。
その時去り際に見た渚はポケットに手を突っ込み、俺からもらったライブのチケットを出すと一瞬はにかんだような笑顔で見つめていた。

渚は俺との約束を守ろうとここに来たのか…?

なんとか難を逃れた俺は、息を切らして楽屋のドアを開けた。
すると、楽屋のソファに座っていたのは谷垣だった。
「谷垣さん、大変なんです!とにかく警察を呼ばないと…」

そういってポケットに入っていた携帯電話で警察に電話しようとした俺の手から谷垣は携帯電話をとりあげた。

「本木、その必要はない。」

眉一つ動かさずに谷垣はぽつりとそう言った。

「どういうつもりだ!」

谷垣は俺の言葉に表情一つ動かさずに言った。

「お前は目の前にある事だけ片付ければいい。自分以外の事には目を向ける必要なんてないんだよ。ステージに立って目の前のファンを喜ばせる。それ以外は俺の仕事だ」

谷垣は、ポケットからタバコを取り出し、ライターに火をつけた。