手紙を読まずに、家に置いた状態のまま、俺は、現場に行き、1日の仕事のスケジュールをこなしていた。
でも、頭の中では、あの手紙の事でいっぱいだった。

中身は何が書いてあるんだ?

本当に死んだ渚から手紙が?

…いや、そんな事はあるはずはないだろ。そんな現実離れしたファンタジーみたいな話、あるはずないじゃないか。

自問自答を何度も繰り返しながら、変な妄想が頭の中で、徐々に話をでっちあげていく。
スタジオセットの待ち時間に楽屋で、椅子に座り、ひたすら、考えこむように、どこか一点を見つめて、頭を抱えていた。
すると、楽屋に呼びにきたADがいつもと違う俺の様子を察知して、恐る恐る声をかけてきた。

「あの〜…本木さん?」

俺は、その声に、頭の中の妄想が、ふっと消えて、慌てて、ADの方に目を向けた。

「すいません…あの、スタジオの用意が出来たんで、スタンバイの方お願いしたいんですが…」

「ああ…ごめん。すぐ、行くよ。」

ネクタイをもう一度、締め直すと、ADに連れられて、楽屋を出た。

その日の仕事が終わり、いつもの様に、中田が運転する車に乗っていた。

運転しながら、中田はバックミラー越しに俺を見つめて言った。

「本木さん、どうしたんですか?」

「どうしたって、何がだよ?」


「さっき、番組のプロデューサーに言われちゃいましたよ。今日の本木さん、なんか様子がおかしいって。いつもより表情暗いし、本番のベシャリも続かないし面白くないって。朝から、様子も変だし、身体の調子でも悪いんですか?」

中田に事情を話してしまおうかと一瞬思ったが、中田にいうと、また騒ぎ立てて話を大きくされるようなきがして、話すのはよそうと踏み止まった。
俺は、全ての言葉を飲み込んで、顔を引きつらせながら、笑って、言った。

「いや〜、ちょっと、次の曲作りで煮詰まっちゃってさ〜、ファンレターにも厳しい事、書いてたから、頑張らないとと思って、考えすぎちゃったんだよ。」

「そうだったんですか。あんまり、そんなに無理して、体調崩さないでくださいよ。」

その言葉に笑って答えた中田は、俺の態度に少しも不審感を抱いている様子はなかった。
そのまま家に帰ると、真っ先にリビングのテーブルの話に置いていた手紙の束を手に取った。

ずっと悩んでるくらいなら、いっそ、中身を開けて、確かめるしかない。

そう思って、ゆっくりと、その手紙だけ抜き取ると、俺は、裏を向けた。
そこには、朝と変わらない「原田渚」という名前が、やっぱり書かれていた。
すると、今日一日の仕事の疲れがなだれ込むように全身の力が急に抜けて、近くのソファに沈みこむように、身体を預けた。
ソファに寝転んだまま、封を開けると、中身を取り出し、二つ折りにしてあった中の紙を開いた。