孝之は、その後、いつもの様に笑顔に戻ると、凍りついた空気を普段の空気に変えていた。

あの時、一瞬、怒鳴りつけていた時に見た孝之の目が、いつも感じていた誰かを想うような悲しい目に似ていたのは気のせいだろうか。

店を出て酔った奈緒を支えながら、タクシーを道で拾うと、横にいた奈緒が、言った。

「頭痛い…」

頭を抑えながら、苦痛で顔を歪める。

「お前、飲み過ぎなんだよ。」

そう言って、俺は、不機嫌そうに、窓の外に視線を向ける。

「いいじゃない?たまには、ベロベロに酔ってもさ。酒飲まないと真面目に仕事なんてやってられないわよ。」

そう言って、奈緒は、俺の肩にもたれかかる。

「それに、私が、職権濫用してるおかげで、佳ちゃんは、助かってるんだよ?真実を伝える雑誌記者が真実隠そうとしてるなんて馬鹿みたい。本当。」

「馬鹿野郎。だから、そこまで頼んでないよ。お前にそんな事してくれなんてさ…」

奈緒は、そう言って、怒った俺の言葉に笑いながら言った。

「本当、佳ちゃんって、昔から、渚先輩以外の女に冷たいよねー。一応、これでも、私、結構もてるんだよ。女だし。」

「何言ってんだよ。高校時代からずっと一緒だったお前を今更、女になんて見れる訳ないだろ。お前は、俺の妹みたいなもんだろ?」

「じゃ、妹の私が、こんな事しても誰も文句ないよね?」

奈緒は、腕の間に手を回すと、身体を近づけた。

「馬鹿野郎!やめろよ。調子に乗んな。」

胸の柔らかい感触が腕を通して伝わってきて、俺は顔を真っ赤にさせながら、腕を解いた。

この時の俺は、何も解っちゃいなかった。

ただ、平凡に流れていく時間の中で、知らないふりをしていたのかもしれない。
俺が見ていた現実は、見てみないふりをしていただけのただのまやかしで、本当の現実は、きっと悲しくて、残酷な事だらけなんだって。