あの日から孝之が毎日のように俺の家に来ては世話を焼くようになった。
テーブルに並べられた暖かい料理を久しぶりに見た。
孝之は、ただいつも笑顔で俺に接し、決してあの日の事や会いにきた理由や俺の今の現状を詮索する事はなかった。
その日暮らしの即席の愛情ではなく、暖かい安心感が溢れていた。
ただ、愛情を求めるだけだった女達といた日々とは違っていた。

テーブルの上で携帯電話が鳴り響くが、俺は画面を見て拒否ボタンに指を当てた。

相手はあの日以来、毎日のように電話をかけてくる江里だったからだ。

江里と会って心を通わす回数が増える度に、何かしてやりたいと思う気持ちが芽生えた。
でも、今の俺にしてあげられる事は何もない。
この感情はなんなのか?
自分でもわからなかった。
愛というには青すぎて、恋という感情では浅すぎる。
だから、いつかいなくなってしまう自分が近づくには遠すぎる存在だと思った。
何もしてあげられないのなら、そばにいないという答えもある。

「佳祐、どうした?」

俺が遠い目をしてテラスでボーッと外の景色を見ていると、リビングから朝食の準備を終えた孝之が呼びにきていた。

「なんでもねぇよ。」

俺は、携帯をズボンのポケットに入れるとテラスの椅子から立ち上がった。

朝食の後、病院からの薬を飲んでいる俺の姿を心配そうに孝之が見て行った。

「佳祐、体調は大丈夫なのか?」

俺は軽く孝之の方を叩く。

「何、心配そうな顔してんだよ。ただの胃薬だから心配ねぇよ。仕事ももうすぐしたら、再開するつもりだからさ。」

「そうか…ならいいんだよ。何かあったらなんでも俺に言えよ。」

そういいながら孝之は笑顔で朝食の皿を片付けていた。
孝之の背中見ながら、俺は声に出さずに「ごめん」と言った。
本当の事を孝之に言えば、自分の事のように自分を責めて苦しむとわかっていた。
そんな姿を想像すると、言うのを躊躇った。
だから、俺は、自分自身の中で絶対に口にはしないと決めた。
悲しみや苦しみは自分一人で十分だ。
失う悲しみや苦しみを知った俺だからこそ、真実は知らない方が幸せな時もあるってわかっているから。