扉が閉まっても階数ボタンを押さないのが気になったハルキがボタンに手を伸ばすと、ヒサギに阻止された。
「押さないの?」
返事をしないヒサギは、ハルキの手を押し返し、そのまま乱暴にハルキの身体を壁に押し付けた。
窓の無いエレベーターは、完全な密室状態。
想い人の突然の行動が理解出来ずハルキは戸惑うが、どうしても期待に胸が高鳴ってしまう。
ばん、と壁を叩いたヒサギは、そのままハルキの脚の間に自分の片膝を差し入れて彼を見上げた。
十数センチある身長差が悔しいが、こればかりは仕方ない。
「あ、あの、ヒサギちゃん?」
「黙れ」
ドクドクと高鳴る鼓動に、どうかヒサギちゃんが気付きませんように。
祈るような気持ちでハルキはヒサギから視線を逸らした。
見詰めていたら、うっかりキスでもしてしまいそうだからだ。
「お前は俺がこんな目に遭うとでも思ってるのか?」
「え? ま、まぁ、そうだね。そうなるよね」
ぎこちない返事になってしまったが、ヒサギはやめるつもりがないらしく膝を上にあげてハルキに接近してくる。
「いや、あの、それ以上は……」
ぐっとハルキに顔を寄せて、ヒサギは敢えて意地悪く笑みを浮かべた。
「自分の身くらい自分で守れる。分かったら帰れ」
ヒサギはハルキからスッと離れると扉の開閉ボタンを押し、ハルキの腕を無理矢理引いてエレベーターの外に追い出した。
転びそうになるのをどうにか堪えたハルキが急いでヒサギの方へ振り返ると扉が閉まる瞬間目が合ったが思いっきり睨まれた。
無駄にドキドキする鼓動だけが残り、何とも言い難いモヤモヤした気持ちを抱えたまま、ハルキはエレベーターが3階で止まるのを見届けて踵を返した。
今日みたいな心配は、ヒサギにとっては迷惑なだけかも知れないが、本当に心配なのだからどうしようもない。
けれど、さっきのような事をされると……嫌でも期待してしまう。
ズボンのポケットからスマホを取り出し、ハルキは電話を掛ける。
「──あ、サユコ? さっきはありがとう……」
気持ちを紛らわせる為の会話だと気付かれないかどうか心配ではあるが、今の彼が頼れるのはヒサギの幼馴染みだった。
fin


