「なんだ、ハルキは知らないのか」

「ヒィくんはね、つい最近電車で痴漢にあって、その後不審者に追い掛けらたんだよぉ。大変だったんだって〜」


 重大な事をさも笑い話のようにルウが伝えるが、その瞬間にヒサギの不機嫌は頂点に達し、ハルキは硬直した。


「どうしても心配だっつーならウチらはタクシー呼ぶから、お前はヒサギ送ってけよ」


 ぱん、とサユコに背中を叩かれ、ハルキは我に返ってヒサギの方へよろよろと歩き出した。


「ヒサギちゃん! なんでそんな重大な事黙ってるんだよっ!?」


 さっさと帰り支度を始めるヒサギの腕を引いて引き留める。

 普段、美容院に来るお客さんからやれイケメンだなんだと褒められるハルキだが、この時ばかりは情けない程顔を歪ませていた。


「ヒサギちゃん!」

「……煩ぇな。一々お前に報告してたらキリが無いだろ!」

「て事はそれだけじゃないって事だよね!?」


 言わなきゃ良かったと思ってももう遅い。

 ハルキを殴って逃げ出したい衝動を抑えて、ヒサギは左手の拳を握る。


「男が痴漢されたなんてそんな女々しい事サラッと言えるか! 恥ずかしいだろ馬鹿ッ!!」

「俺は笑ったりしないよ!」

「お前はそうかもしれないけど俺は嫌だ。そういう訳だから帰る。じゃあな」

 ヒサギがこの場から逃げようとしているのは誰の目から見ても明らかだ。


「ハルキ、あたしたちはちゃんとタクシー呼ぶからお前はヒサギを追い掛けろ」

「ありがとう!」

 男前なサユコに自宅の鍵を渡し、ハルキは足早に出て行ってしまうヒサギを追い掛けた。