「希和、俺の傍から離れるなよ?」
「………はい」
「式が終わり次第、出国手続きをするから」
「………はい」
「これが、独身最後の仕事だな」
「………はい」
「おい、聞いてるのか?」
「………はい、………はい?」
希和は昨日から様子がおかしい。
まぁ、理由は分かっている。
今日は国際線の新ターミナル増設に伴う竣工式が行われる。
俺と彼女はその式に参列する手はずになっているのだが……。
婚約後、初の公式の場とあって、彼女はかなり緊張している。
俺の話にも空返事で、膝の上でぎゅっと握りしめられた両手が小刻みに震えている。
時折深呼吸する姿が本当に可愛らしくて……。
険しい表情の彼女と正反対で、俺は楽しくて仕方ない。
俺は根っからの性悪男のようだ。
「大丈夫だ。いつものように俺の傍にいればいい」
彼女の手に手を重ね、優しく包み込む。
今は彼女に何を言っても耳に入りそうにない。
昨日の午前中はいつもと何ら変わらぬ様子だったが、
昼食から戻った後から急におかしくなり出した。
不意に物思いに耽ったり、時々怯えるような顔つきになったり。
初めての公の場だから、今日さえ乗り切れば何てことない。
小さな子をあやすかのように
俺は彼女の手を優しく撫でていた、その時。
ジャケットの内ポケットに入れてある携帯が震え出した。
『1時間ほど前に自宅を後にし、先ほど駐車場P2-Sに到着しました』
メールを確認した俺は、正直動悸がした。
とうとう来る時が来たのだと……。



