3月上旬。
春の陽ざしが少しずつ差し込む陽気の中、
婚約披露パーティーを目前に、私は緊張のピークに達していた。
「希和」
「………」
「希和?」
「………」
「おいっ」
「あっ、はい!」
夕食の準備中、すぐ隣に彼が来た事さえ気付かず、
私は無心に鍋をかき混ぜていた。
「焦げてるぞ?」
「へ?あっ!ッ!!」
「おいっ、大丈夫か?!」
佃煮を作っていたのだが、煮汁がとうに無くなっていたようで、
なべ底が真っ黒に焦げ付いていた。
焦げた臭いを察知して、彼はキッチンへと来たようだ。
「申し訳ありません。すぐに作り直します」
「火傷は?怪我してんじゃないのか?」
「手は大丈夫です。ご心配お掛けしました」
「ん、気をつけろ。夕食はどうでもいいけど、怪我だけはするな」
「……はい」
「疲れているなら、外に食べに行ってもいいし。俺に気を遣うな、いいな?」
「…………はい」
黒ずんだ鍋を洗おうと水を溜めていると、
「少し漬けておけ。今日は食べに行こう」
「あ、でも……すぐに作り直しますので……」
「いいから」
「………はい」
彼の優しさだと分かっているんだけど、自分が情けない。
彼の言う“疲れ”なら、休めば済むことだもの。
でも、真実は違う。
彼の隣に立つという事が、どれほど重圧に耐えねばならないのか……
今は未知数なだけに恐怖でしかないのだから。
その恐怖に打ち勝つには………。