赤信号で車が停車すると、
私の手を包み込むように重なっている彼の手が僅かに動き、
ゆっくりと感触を確かめるかのように私の指先を撫で始めた。
「結納の日取りが決まった」
「………へ?」
「3月15日だそうだ」
「………」
思いもしない彼の言葉に脳内が真っ白になった。
結納?
それって、正式に婚約って事?
彼が嘘を吐くとは思わないけど、俄かに信じがたくて……。
「痛っ」
「ッ?!おいっ……。フッ、俺の言葉が信じられないか?」
私は思わず、頬を抓っていた。
そんな私を優しく見守るように彼の手が頭の上にポンと置かれた。
「………“はい”と言ったら、怒りますか?」
「フフッ、怒らねぇよ。今まで散々嫌な想いをさせたしな」
信号が青に変わり、彼は車を軽やかに発進させた。
一時は完全に諦めたこの恋。
住む世界が違い過ぎて、隣に立つ事さえ許されないと何度も思った。
それでも諦めきれず、一生秘書でも構わない。
ううん、家政婦でもいい、護衛役でも何でもいいから彼の傍にいたかった。
例え、彼の隣に私以外の女性が立つ事になったとしても……。
そんな淡い想いが、まさか本当になるだなんて……。



