彼の手の中の私



「まぁ俺がそうしたんだし、おまえの事」

「…え?」

「だから今おまえから与えられなくても…いずれな。いずれは全部貰ってくつもりだから。でも…そうだな。そろそろ下準備は終わりかもしれない」

「下…準備?」


ーーと、その瞬間。距離が一気に無くなった。


驚く間も無く、考える暇も無く、気づいたらほとんどゼロに近い私と彼の間の距離。


唇が、触れてしまう。一番に思ったのはそんな事で、その距離をちゃんと実感した、そのタイミングでの事だった。



「だってもう、おまえは気づいたんだろ?」



ーーそれは、とてもとても甘い声色。


初めて聞いた、彼のそんな声の使い方。



「俺以上におまえを愛してる奴なんて、いないって事に」



ゾクゾクッと、身体の中で何かが駆け巡った。声が、身体の芯まで響いてる。



「このままもっと俺無しじゃ生きられ無いようにしてやるからさ、」




ーー楽しみにしてて



その言葉と共に、ゼロになった私達の距離。初めて触れた彼の唇に…もうダメだと、私は悟った。


きっと全ては彼の思惑だったのだ。


こうして最後に私が彼の手におちるのも、彼にとっては分かりきっていた事。ひたすらに甘やかしてくれていた彼の愛は無償のものなどではなく、ずっと仕掛けられてきた愛を求める私への罠。それは彼が本当に求めているものへと続く、筋書き通りに作られてきた現実。…今頃気づいたってもう遅い。もう、私は嵌ってしまった。私の未来は決まってしまった。


…胸に宿る、新たな感覚。

あぁ、そうか。好きがどうとか与える気持ちがとか、そんなの関係ない。それはきっと、もっと簡単な事。



ーー気づいたら私は、彼の手の中で初めての深い恋に落ちていた。