とにかくその場を去ろうと思った。だってこんな私が彼の隣にいる事自体が申し訳なかった。彼の事は大事だ。でもそれは私を甘やかしてくれるから。彼の想いに応えようとなんてした事なかった、本当は分かってるのに。それなのに分かってるからこそそんな事をしてるなんて、なんて自分はしたたかなんだろう。なんて愚かなんだろう。なんで彼のような想いを抱けないんだろう。そんな自分が情けなくて腹立たしくてどうしようもなく嫌で…もう彼の傍にはいられないと、外へ出ようとドアノブに手をかけようとしたーーその時だ。
「行かせないよ」
横から伸びてきた腕が、私より先にドアノブに手をやった。そのせいでドアを開く事が出来なくなった私は抗議をしようと振り返る…と、まさかの。予想以上の至近距離にあった彼の顔に、思わず離れようと身を引いた。…ーーけれど、そうだった。ここはドアの前、背後に余分なスペースなどある訳が無い。
硬いドアを背に、そのままドアノブから離れた彼の手がゆっくりと私の顔のすぐ両脇につかれるのを、彼の顔から目を離さず、ただただ直立不動のままで理解した。
そして、あぁもうここに私へ与えられた自由など無いのだと、彼の瞳の奥に燻るものをとらえた瞬間に察知する。
物理的にも精神的にも逃げ場を失った私にはもう、彼と向き合う以外に選択肢などない。
「良いよ、別に。そのままで」
「……」
「好きな奴が出来なくたっていいよ、今は」
「…今は?」
今は、なんて。本当は求める何かがあるのだと、そんな事を全面に出してくるなんて…やっぱり様子が違う。それは彼の瞳の奥にあるそれのせいだろうか。彼は今、いつもとは違う。いつもの与えてくれるだけの彼とは違う。
そんな彼に見せる私の冷静さなんて見せかけだけで、中では動揺した自分が暴れまわっていた。動揺して動揺して動揺し過ぎて、心臓が気持ち悪い。頭が可笑しい。
グルグルグルグル、回ってる気分。私が?地面が?周りが?今どんな状況だっけ?なんだかよく分からない。でも…そんな私の状況なんて関係無しに、彼は核心へと話を進める。



