「先生。先生が私を好きかどうかなんて教えてくれなくていいよ。これから何が変わっていくかも答えてくれなくていい。
でも、ひとつだけ聞きたい。先生にとって私は他の生徒と同じ?特別でもなんでもない、ただの生徒の一人なの?」



涼香は視線をはずそうとしなかった。

真直ぐに直哉を見つめ、その応えを震えながら待っている。



直哉は涼香につかまれている方とは反対の手をその肩に添えると、姿勢をかがめて口を開いた。

自分には、決断したことがある。



「早瀬、聞いて。僕には行くべき所があって……」


「余計な話はいいの!言い訳なんていらないから、私の質問にだけ、答えて……」



その言葉のほとんどは、すでに声として出せていなかったが、直哉は涼香を見つめ返し小さく息を吐いた。

そして、頷く。



「早瀬は僕にとって一人の生徒だよ。他の生徒と同じだし、それはもちろんこれからも変わらない」



涼香は直哉から手を離すと、その横を音もなく通り過ぎ走り去って行った。

風のない空間に漂う柔らかい香り。

そして直哉の手には、細い腕と肩の感触が残っている。



それを胸の辺りで握りしめながら、直哉は再び姿勢を正し、校長室の方へと足を向けた。