「俺………君のこと、何も知らないや」
「………」
静寂とも呼べる空間を壊した一言。
独り言みたいな言葉に、意外にも彼女は反応した。
─彼女のことを知りたい。
その思いは、嘘ではない。
ただ、純粋に、知りたいと思った。
ただ…
純粋に、救ってあげたいと思った。
だから、どうか知ってほしい。
君のことを思って掛ける言葉は幾千も幾万にもあるけれど、俺のことを何も知らない君にとって、それはどれも薄っぺらいものにしか感じないのだろう。
だから、俺は君に伝える。
過去も、それによって犯した過ちも。
「──ねえ、鹿住さん」
名前を呼んだことで、ゆっくりと視線が合う。
目と目が合って、初めて分かった。
その瞳には、どこか見覚えがあって。
それに少し安心した俺は、ぽつりぽつりと、言葉を連ねていった。
「─俺ね、父親に売られたんだ」