男のひとり言ー「むとうさん」番外編

この道になってしまってから。人といてほっとすることがなかった。

いや、今までずっとだったのかもしれない。

物心ついたころには1人ご飯を食べ、学生時代にはクラスメイトとは関係は薄かったし、しがらみで付き合っていた地元の不良仲間は皆似たような境遇で、すぐ暴力に走った。

この道にきて、後悔はない。自分で選択したことだ。ただ、普通の生活を諦めていた。

普通の人が空気を吸うようにしていることを、遠回りして、時にはこそこそとまでして、やっと得ることができる。

保険に入れない。出処の分からない使えない金。自動車はキャッシュで買う。

普通の人が一生できないことを体験することもできる。

でも、常に心は休まらない。

鈴木慶子と会うとき、武藤は少しだらしなくなった。といっても普段より数パーセントというところだけれど。

ヤクザは色々な仕事をするから、色々な人間に出会う。多くの人が想像するような貧困層だったり、水商売だったり、ジャンキーといった、世の中の影の部分ばかりではない。本当に、表向きは極々普通の人間とも多く接する。

ただ、仕事の上で。それに、表向きは普通でも、ヤクザに対してヤクザとしか見ないし、屈曲した態度をとる。

そんな人間に囲まれている中で、慶子は、出会いから仲良くなるまでも武藤にとっては貴重で、得難く、替え難いものだった。

替が効かないことを、掛け替えのないというが、まさしく慶子との関係は掛け替えのないものだったのだ。