男のひとり言ー「むとうさん」番外編

結局露店は今年は出さないことにした。オヤジ(組長)はそれを知って、お前ちまちま稼ぎたくないとか思ってるんだろ。露店・港湾・建設は極道の生きる場所。行事を大切にしないヤクザは廃れるぞ、そんなんだから銭稼ぎマシーンとか裏で言われるんだ。と、日頃の思いを込めたお説教をされた。

例年の武藤だったら迷わずしていただろう。でも、今年ぐらいは。ルーズになっている自分も悪くない。

ルーズにさせた張本人は、向かいの席で黙ってお酌をしている。

「武藤さんて、どうしてそんなに優しいの?」

「優しいのか?」

「うん、優しいよー。ヤクザさんって表面的には礼儀正しいとかよく言うけどさ、そういう優しさじゃなくて優しい。」

「お前のオヤジさんのほうが優しいんじゃないの。」

慶子は少し恥ずかしそうに、拗ねた顔をしてみかんを食べる。

「なんで父の話なんですか。確かに私のことを心配してくれますけど。」

一生の選択をして、幸せになるための道を自分で作ってきたんだ。お前のことも、大切にするだろうよ。武藤は静かに一人で笑った。

「もう47分ですよ。あと少し…あっ雪降ってますよ!!」

窓の外を見ると、箱根の山々をバックに白い牡丹雪がしんしんと降り注いでいる。

「おう、雪だな。」

相変わらず反応が薄い武藤に少しがんばって慶子は誘ってみる。

「雪みたいなぁ…一緒に庭に出ませんか?」

「いいよ。」

武藤にささっと丹前を着せて、後をついていく。ふふふ。慶子は武藤とこういう感じでいる時が1番好きだった。

なんだかんだ、慶子は人から何かを強要されることを嫌った。
武藤に対する敬語は例えば2人が結婚したとしても抜けない気がした。
よく、知り合い始めたばかりの時、「敬語じゃなくていいよ。さん付けもやめてよ」という人が異性同性異性限らず苦手だった。

そんなこと言われなくても自分が呼びたい時に呼ぶわよ。
でも武藤はこんな仲でも慶子が敬語を使おうが、むとうさん、と呼ぼうが何も言わない。

こういう感じが慶子にとって心地いいのだ。

外は風も音もなく雪が真っ直ぐ落ちてきて、思ったより寒くなかった。

さっき、フロントにあった番傘を武藤は借りて、後ろの慶子に、入る?と言って今二人は同じ傘の下身を寄せている。

そういうさり気ない相合傘の誘いにこんな歳になってもドキドキする。
武藤とこんなことをしているのがすごくアンバランスな感じで、それがまたくらくらするほど心地いい。

ライトアップされた庭園でも、流石に雪の降る年越しの瞬間は二人きりだった。