「ただいまー」
誰もいない部屋に向かっていつものごとく声をかけてから、しまった、と思って後ろを振り向いた。
案の定、怪訝な顔のまま琴子に続いて玄関に入ってくる如月。
「……もしかして、誰かと同居でもしてるのか?」
それか、一人暮らしなのにただいま言っちゃうイタイ奴か。
(ってその冷たい目が語っている気がするのはなぜなんだろう…)
結局あのあと、「じゃあ、一緒にこの野菜食べますか」と半ばヤケになって社交辞令よろしく微笑んで見せるも、あっさりと頷かれてさらに琴子は頭を抱えた。社交辞令なんて言うものじゃない。
こうなったらもう前言撤回は出来ないんだろうナー、と「私の家で良かったらじゃあ……」と琴子が言うと、彼はむっつりと沈黙した後で「うむ」といつの時代の将軍だよとでも言いたくなるような返事をした。
それから、駅から自宅までの夕日に照らされた帰り道を、てこてこと琴子の歩く後ろをくっついてくる姿は、正直まったく三十路目前の直属の上司には見えなかった。
けれどその光景は、なんとなく昔妹と歩いた道を思い出させて、
琴子をノスタルジックな気分にさせたのだった。



